巽完二が失踪した。
マヨナカテレビで放送された番組は中々凄まじい出来だったが、ここ二日間の動向を見ると納得が行くような行かないような代物だった。
白鐘直斗にあんな反応を示している者が女役を匂わせるというのは、門外漢ながら違和感を覚えてしまう。
相手に虐げられたい欲求を持つ者も一定量いるのだろうが、もしその手の趣向の持ち主なら根本的に番組の内容も変わりそうなものだ。
しかし、雪子のときを考えるとマヨナカテレビに表される欲求と実際のそれは別物のようにも思える。
雪子の願いは宿の女将を継がず、外で生きることだった。
そこに誰かの手助けを求めていたのだとしても、それがそのまま白馬の王子様願望に繋がるというのは実際に考えると飛躍し過ぎではなかろうか。
しかし、イメージというのはそもそも飛躍しやすいものだ。
恐らく番組の違和感を解く鍵はそこにあるはずなのだ。
「まあ、それくらいでしょうね」
ジュネスで捕まえた白鐘直斗は地面に思案した視線を落としながら言葉を切った。
「ありがとう、十分過ぎるくらいだ」
これだけの情報があれば、きっとクマも完二の居所を感知できるだろう。
とりあえずでも安堵して、自分でも表情が緩むのが分かった。
「いえ、お気になさらず」
顔を上げた直斗の瞳がにわかに揺らいだような気がしたが、小さく会釈をした後には名残すら窺えなくなっていた。
見間違えかもしれない。
「でも凄いな。週に三日だろ? 地元って感じじゃないし、大変だろう」
週に三日、と口にして、その重大さを再認識する。
休みの日どころか、学校があった後に顔を出さなければ達成できない日数である。
好奇心だけではそんなことできるはずもない。
「元々好きでしていることなので、それ程大変とは思いませんよ。ただ」
趣味の上に成り立っているのだから、人が思うより辛くはないと直斗が答える。
その直後、彼は続けようとしてした言葉を飲み込んだ。
「ただ?」
言いたくないことなのだろうか、それとも言う程でもないことなのだろうか。
どちらにせよ、完二に先回りできた素質を持つ人物である直斗自身の情報もある程度もらっておきたい。
「……下らない話なんですが、あなたは白昼夢を見た経験がありますか?」
多少の躊躇いの後、直斗がわずかに視線を泳がせた。
何かを期待するような、恐れるような色が瞳に宿る。
「白昼夢という程の凄いのはないかな」
細かい定義は知らないが、白昼夢は普通の夢とは常軌を逸していたり眠りに落ちたことすら気づかぬときに見るものだろう。
だとしたら一応当てはまるものを以前見たような気がするが、語って良い内容か分からずに伏せてしまった。
「そう、ですか。突然すみませんでした」
あからさまにがっかりした様子で、直斗が帽子の縁を軽く摘んで頭を下げる。
どこかちんまりした仕草が可愛らしくて、何となく完二が挙動不審になった気持ちが分かるような気がした。
男として分かって良いのかは定かではないが。
「構わないよ。それで、白昼夢を見たんだ?」
「え、はい。見ました」
話が蒸し返されるとは思っていなかったらしく、直斗は少し目を見開いてから慌てて頷いた。
「どんな内容だった?」
教えてくれたら儲け物、というくらいの気持ちで問いかける。
ぱっと見、夢の類のものは捨て置きそうな人種に見える彼が気に掛ける夢というのがどんなものなのか興味があった。
「そうですね……ここの事件のニュースを見た後に、この事件に関わると言われる夢です。僕自身も気にしていたから見ただけだと思うんですが、薄気味悪くて」
恐らく必要最低限しか話していないであろう説明からは彼がそこまで気味の悪さを感じない。
気にかかった事柄が夢に出てくるというのも良くある話だ。
けれど自分の夢もまた、確かに薄気味悪かった。
直斗が見た夢と自分が見た夢は全くの別物だろうが、彼の隠す部分に恐怖が潜んでいるのだろう。
「夢が理由でここにきてるってことかな」
「まさか。夢のあるなしに関わらず僕はここに来ていたと思いますよ」
肩を竦めて軽く直斗が否定をした。
気にならないわけではないが、追求して警戒を強められては困る。
それにこれ以上問い詰めたところで、実際に有益な情報が出てくるはずもない。
「そうか。色々と聞いて悪かった」
「いいえ。こっちこそ妙なこと言ってしまって本当にすみませんでした」
二人でお辞儀をしあって、簡単に別れを述べ合った。
物騒だから気をつけて、と告げると直斗の纏っている雰囲気が少し揺らぐのを感じる。
率直な礼や気遣いに慣れていないのかもしれないと思い当たって、もう一度なるべく穏やかに聞こえるように再会の願いを口にした。