何だかもうどれくらいいるのか分からなくなってしまったベルベットルームで、何度目になるか考えたくもない却下を出した。
「もう一回!」
「僭越ながら、今日はこの辺りで切り上げられた方が宜しいのではないかと」
こちらの苛立った声とは対称的に落ち着きはらったテオドアが制止をかけてくる。
彼の言うことはもっともだとは思う。
タルタロスの前で人を待たせているわけではないが、ベルベットルームに入ったのは夜も更けてきた頃だった。
時間の流れ自体は違うとはいえ、体感時間は同じだ。
精神的な疲れは否めない。
ちょっと覗くくらいの気持ちだったはずなのに、どうしてこんなにも白熱してしまったのだろう。
いや、分かってはいるのだ。
手持ちのペルソナの中からデカラビアができてしまったのだから仕方がない。
「嫌! デカちゃん連れて帰るんだから!」
オレンジ色の星形に、大きな目。
あの形状が心にクリーンヒットしてしまったあの日から、どれだけ心待ちにしていたことか。
長く共に戦うためにもスキルセットに手抜きなどできるはずがなかった。
「……おや。テオドア、お引き取りもらいなさい」
「ええっ!? ちょ、ドア!」
「テオとお呼び下さいと何度言えば宜しいのですか」
イゴールの方に振り返ったせいで隙だらけになった背中をテオドアにぎゅうぎゅう押されて、出口に押し込められて行く。
こちらが止まったとしても彼が足を止めてくれるような気がしないので、何だかんだ言いながらも渋々歩いた。
そもそも、イゴールの言うことに逆らったところでややこしいことにしかならなさそうだ。
今日は諦めねばならなさそうだ、と深々と溜め息を吐く。
それから、何故か後ろからの力がなくなっていることに気づいて顔を上げた。
「ああ、ええと」
自分にしか開けられないはずの扉が開いていた。
それだけならまだしもというべきかそれとも当然というべきか微妙なところだが、ドアノブを掴んだまま立ち竦む少年が一人。
「……お邪魔しました!」
少しの間があってから、少年が凄い勢いで扉を閉めた。
風圧で前髪が頼りなく揺れるのを感じる。
ええと、と先程少年が漏らしたのと同じ吃りを繰り返した。
「……他にもお客さんいたの?」
「いえ、私は存じておりませんが」
顔を上げてテオドアを見上げても、芳しい答えは返ってこない。
役に立たないとむくれてみると、薄っぺらい口調で謝られた。
「世の中には沢山の空間がございます。ここではまれにそれが重なってしまうのですよ。それを防ぐには空間と関わりのある人物、つまりあなたですな。それを排除するのが手っ取り早いのです」
「……思いっきり重なってたみたいだけど」
当然のことのように説明を続けるイゴールに、さっき開いていた扉を示す。
「こちらに踏み込まれれば大事でしたが、あの程度なら問題ありません。とはいえ、空間が不安定なのは変わりませんので、早急にお帰りいただきましょうか」
名前だけで促されて、再び背中をテオドアがぎゅうぎゅう押してくる。
うっかり違う空間に出たらどうしてくれるのだ。
恐ろしくて仕方がない。
「待って! 心の準備が……!」
後ろから扉を開けられて、暗闇の前に押し出された。
普段からあまり意識して出入り口を見ていなかったせいで、この状態が正しいのかどうかすら分からない。
「ご安心下さい。自らのワイルドの力を信じるのです」
「それ全然関係ないし!」
「get out!」
耳打ちされた彼らしくない言葉遣いに目を丸くしている間に、強く背を押された。
いい加減底が削れてきたローファーが暗闇の床を鳴らしたのがやけに綺麗に響く。
扉が冷たく閉ざされてしまった音を聞きつつ、腰が抜けたのかすとんと腰を落としてしまう。
瞼の先の世界が果たして自分の知るものかどうかが恐ろしくて、なかなか目が開けられなかった。
そうやってうじうじしている間に、バイト先に向かっていたらしい荒垣が呆れながらも近づいてきていたのはまた別の話。