恋なんかじゃないの



 ここのアルバイトが日払いなのは、環境のせいで学生らが短期間しか堪えられないからだろう。
 深夜には届かないけれど、暗くなって人気が消えれば恐怖は似たようなものだろう。
 看護婦になっていい加減になるが、新米の頃を白状すると夜の病院というのは中々どうして恐ろしかった。


 新しく入った学生は少々特異な存在だった。
 短期で集中して資金集めをしているのではないようで、時には一週間以上間を空けてバイトに通ってくる。
 報告を聞くために会いにいくとあからさまに安堵の表情を浮かべるので、他の学生と同じように怖がってはいるようなのだけれど。


「……すみません」


 少し背伸びをして顔を近づけると少年は一歩後ろに引いて、申し訳なさそうな顔をして申し訳なさそうに謝った。
 始めに会ったときから、がっつくわけでもなく自然に誘いに乗ってきた彼の、初めての不自然な気配だった。
 相手を恥をかかせるようなことになっても、そうしなければならないという意志。


「いいのよ。好きな子でもできた?」


 半分冗談のつもりで尋ねたのに、どうやら図星だったらしい。
 ほんの少し頬に朱が刺したようだった。
 そんなに純粋な子だったとは、この分だとこの丁寧語もただ単に年上相手に使っているだけのつもりなのかもしれない。
 距離を保とうとしているのかも、と妙に勘ぐってしまったあの時間を返して欲しい。


「でも、それとこれとは別じゃない?」


 少しばかり意地悪をしてやろうと詰め寄ると、少年の眉間に皺が寄った。


「本当にすみません。でも俺、こんなふうに自分から人を好きになるの初めてで、ちゃんと一対一で向き合っていきたいんです」


 大切にしたいんです、と告げられて相手が自分ではないというのに、無性にどきどきした。
 ああ、こんなにきらきらした言葉を聞くのは何年振りだろう。


「そうね、って言って上げたいところだけど、何よ自分から好きになるのが初めてって。そんなに入れ食いだったの?」


 女の子から告白されてなんとなく付き合う、という光景が容易に浮かんで、思わず苦笑してしまう。
 大半の子は途中で本当に愛されていないことに気づいて堪えられなくなっただろうが、それでも構わないという割り切った子もいたのだろう。
 年上なら尚更、遊び相手には持ってこいだったのは自分が保証するところである。


「その辺はご想像通りだと思います」


「ひっどい男ね」


「はい。以前はむしろどうして外側しか知らないで好きになるんだろうとか、思ってました。……今では凄く失礼だったって、今更謝ることもできませんが」


 この少年がどういったタイミングでその子に焦がれるようになったかは知りようもないが、きっとまだ付き合いも浅い内の一瞬のできごとだったのだろう。
 少年が軽んじていたような恋の落ち方で、きっと。


「塩瀬君」


「はい」


「頑張りなさいよ?」


「もちろんです」


 もうすでに頑張っている真っ最中なのか、少年が笑みを浮かべる。
 いつか去ってしまうかもしれない彼に愛される少女はきっと幸せなのだろう、と慣れたはずの心が僅かに痛んだ。


 それでもどうしてだろう、悔しいとは思わなかった。