知っているだけの。



 街で素人を捕まえて撮るAVで、出演を乞うこつがあるという。
 派手な女は狙わず、地味だけれどちゃんと見れば可愛くて少し露出が多く、鞄が開いていたりする女がいいらしい。
 隙が多いというのが重要らしい。
 どこで読んだか聞いたかは忘れてしまったけど。


「気に入ったの?」


 桃にいきなり後ろから声をかけられて、じっと一つのDVDを見ていたのに気が付いた。


「別に」


 蝉は小さく肩を竦めてDVDの表紙から目を逸らす。
 この前殺してそびれた女に似たパッケージの写真が視界からなくなる代わりに、網膜に少しだけ残像を残した。


「結構可愛いじゃない、その子。あんたここに通ってるんだから、たまにはお金落としていってもいいんじゃないの?」


 確かあいつが鞄を持っているところは見たことがない。
 一日も側にいなかったとはいえ、隙だらけなのはよく分かった。
 自分では警戒しているつもりのようなのが質が悪い。
 一般人なんてあんなものなのかもしれないが。


「……どうしたのよ」


 あんまりにも返事をしなかったので、桃が眉を顰める。
 こんな店で店主が客に話しかけるのもどうかとは思うのだが。


「帰る」


 もう一度表紙を見ると女はあまりあいつには似ていないような気もしたし、似ているような気もした。
 無性に腹が立って踵を返す。


 そ、と相槌が聞こえてきて軽く手を上げて返す。
 どんどんと記憶の中で姿を変えていく写真の女を振り払うように、蝉は大股で店の出口に向かった。
 もう少しで敷地内に出るというときに足が止まる。
 写真の女と比較しようにも、怯えた表情しか思い出せなくて舌打ちをした。


「何よ」


 再び踵を返すと、桃がすでに笑いを含んだ声で聞いてくる。


「……やっぱ買う」


「はいはい」


 笑いながらDVDを引き抜く桃を見ながら、蝉はやはり安藤の固い声音を思い出していた。