!注意!
あくめりかとあくまゆげの三次創作です。
製作者様とは一切関係がございませんし、ご連絡もご遠慮ください。
猛烈な中二病と俺設定の嵐です。
離別とか死別とかモブの影とか地雷原と化しているので、ご注意ください。
アカシックレコードにアクセスすることはさほど難しいことではない。
因果律であり、生命の真理や既に過ぎ去り、未だ到来しない時を記憶するそれに触れるだけでいい。
下級の悪魔辺りでは流れ込む情報量に堪えかねて消し飛んでしまうだろうが、悪魔の階級の第二位に位置するアルフレッドならばそのようなことは起こりえなかった。
しかし、そこから狙った情報を得ようとすると話は別である。
体中に流れ込んでくる有象無象をいなしつつ、たった一つの事情を拾い上げるなど藁の中から針を探すような作業なのだ。
過ぎた情報はアルフレッドの精神力を消耗させ、頭をずきずきと痛ませる。
奥歯が嫌な音を立て擦れてから、ようやっと苦痛から奥歯を噛み締めていたことに気がついた。
不毛だと思う。
それでもしなければならなかった。
理屈ではなく、証拠がほしい。
誰が見ても納得するような、事実がほしかった。
そのためなら、光の一筋すら通らず、上も下も分からなくなってしまうような空間にだって堪えられる。
自分の指先すら見えない状況は、自己の存在を曖昧にする。
うっかりしていると自分が情報の一部になってしまいそうで、意図的に尾を揺らしてみた。
ついでに翼をはためかせて一度宙返りをして、自らの体の感覚を掴む。
目の前にあるはずのアカシックレコードと自身の隔たりを強く意識する。
それからアルフレッドは静かに浮かんでいる記憶媒体に手を伸ばした。
* * * *
「……モーニン?」
「イブニングだ馬鹿!」
目を覚ましたら薄暗い部屋にいた。
時計が見つけられない代わりに見覚えがありすぎる赤毛を見つけたので、疑問符つきの挨拶をしたら盛大に怒鳴られる。
ああ、ほんの少し目尻が赤い。
「準備してたらお前がぶっ倒れたって言うし、全然起きねえし、もうすぐ時間なのに、挨拶もできないって」
威勢のよかった語調が言葉を区切るにつれ小さくなっていって、最後は止まってしまった。
俯いた表情は見ることができなかったけれど、想像するのは容易である。
「泣くくらいなら、止めたらいいのに」
「それとこれとは別だろ」
すん、とアーサーが鼻を啜って、小さな声で呻く様に口にする。
心底本心からの言葉を否定されて、アルフレッドの臓腑が痛んだ。
「これからのことは決めてるかい?」
「これから?」
痛みを振り払って問いかければ、アーサーが小首を傾げてみせる。
確かに、あまりに曖昧な物言いだった。
「そう、今から日付が変わるまで」
ベッドから立ち上がると、一度大きく伸びをする。
アルフレッドを追いかけた瞳が二、三回瞼の奥に隠れた。
その間に視線を巡らせれば、何度も見てきた馴染みのある品々が視界に飛び込んでくる。
予想はしていたが、ここはアーサーの自室らしい。
「んー、特に決めてなかったな」
「ご飯食べて、適当に時間潰すつもりだったんだ?」
ああ、とアーサーが頷いてくるものだから、思わず苦笑してしまう。
記念日を祝ったりする気概がない性分なのは知っていたが、この人からすれば延々と待ち望んでいたはずの瞬間を何となく待ち侘びるだけで過ごそうとするだなんて。
「じゃあさ、一緒にご飯食べようよ。それで、最後まで一緒にいさせてほしいんだ。それくらいはいいだろう?」
表情がまだ笑みを残している内に、アーサーに提案を持ちかける。
もう、使う予定がないはずのベッドのシーツを几帳面に片付ける姿に、ほんの少し希望を見出しそうになる。
ベッドは再び主の体を支える準備をしているのだ。
「……そんなこと言って、何か企んでるんじゃないか?」
「どうだろうね? 嫌なら断ればいいんだし」
アーサーから探るような視線を向けられて、今度は優しく見えるような笑みを浮かべて見せる。
たっぷり数秒間、アーサーは視線を寄越してから、深々と息を吐き出した。
「弟分のお願いを無碍にできる訳ねえだろ」
なら、もう一つのお願いだって聞いてくれたっていいじゃないか。
思わずそう言いたくなってしまったが、喉の奥に押し留めておく。
荒っぽく後頭部を掻く人に礼を言うと、らしくないだなんて笑われた。
そんなにも日頃の自分は礼節を欠いているだろうか。
夕飯の準備をしてくるなどと無邪気に死刑宣告をかましてくるアーサーをあえて止めず、台所でいそいそと調理をしている背中を見詰めていた。
ことことと沸騰しているらしい鍋から食欲をそそる香りがしてくるのは、調理という点からすればなんら問題のない事象である。
しかし、料理する本人がそんな単純明快な出来事を世界創世からのミステリーに仕立て上げてしまう。
「……うん、いつも通りだね」
美味しそうな芳香を放っていたはずのそれらが食卓に並ぶのを見ながら、つい数時間前に対峙していたアカシックレコードを思い出していた。
多分あそこになら、料理下手が食料を兵器にまで進化させる理屈が保存されているはずだ。
とりあえず、まずい飯が存在する真理を今すぐ破棄することはできないだろうか。
ふわふわと立ち上ってくる湯気の刺激で涙が出てきそうになる。
「すっげえ眉間の皺だな、おい」
「おかげさまでね」
なら食うな、といつも通りアーサーが喚き出す前に、アルフレッドは意を決してスープを口にする。
どろりとした液体を口に含めば、湯気の印象を裏切らない刺激が舌を刺した。
おかしい。
使っている材料や調味料はまともな物ばかりなのに、何が一体どうなってこうなる。
湧き上がる吐き気を抑えながら、碌に咀嚼もせずに飲み込んで紅茶で口を洗う。
「紅茶は美味しいのにね……」
「……そりゃどーも」
一口目は全く味が分からなかったが、アルフレッド用に用意されている大きなマグカップの半分を過ぎた辺りで、嗅覚と味覚が復活したらしい。
アルフレッドが淹れ方を真似たところで到底作り出せないであろう紅茶の芳香と軽やかな快の刺激を与える苦味に感覚が支配される。
一方で、アーサーが視線をふわふわとさ迷わせて、どうやら照れているらしいことだけが察せられた。
「まあ、今日は全部食べるからね。この味も最後だし」
「他のへたくそな奴に作らせればいいだろ」
「いや、多分再現は無理じゃないかな……というか君自覚してたとか、オニアクマが過ぎるんじゃないかい?」
何度もアーサーの料理を食べてきたが、よもや最後かもしれないときにこんな事実を知ることになろうとは。
どうやら元は小麦粉だったらしい黒い塊を咀嚼して、自分が虚弱な人の身でなかったことを感謝する。
「……だって、お前が食ってくれるから」
かかか、と頬を赤くしたアーサーが言い出した言葉に瞬きをすることしかできなかった。
「他の奴らとか、絶対口に入れてくれないし。その、嬉しくて」
「……あのねえ!」
突然の告白に思わず声が大きくなって、アーサーがびくりと肩を震わせた。
「俺がどうしてまずいまずい言いながら食べてるか、君分かってる!?」
「……元豊穣神だから?」
本気で言っているのだろうか。
冗談の可能性も考慮したが、アルフレッドがバアル・ゼブルの名を冠し、天候を司った経歴を考慮すれば大真面目なのかもしれない。
だとしたら結構痛切に殴りかかってやりたいのだが、殴ったところで意図が伝えられるわけではないだろう。
溜め息を吐いて、ついでに頭を抱えながらテーブルに肘を突く。
「君とずっと一緒にいたいんだよ」
アーサーが人間になることを告げられてから、初めて自分の思いを直接口にした。
すべての誇り高い獣の王の異名を持つレヴィアタンであるアーサーが百年すら生きられない、脆弱な人間になる必要などないと何度も説いてはいた。
けれど、それではアーサーの気持ちは一切揺らがなかったし、アルフレッドの本心など欠片も伝わらない。
「俺が心まで人間を憎む悪魔に成り下がらずにすんだのは君がいたからだ」
アルフレッドは遥か昔に異教徒の言によって、人々から崇拝される立場を奪われた。
金の髪の変色と皮と骨でできた翼の生成によって、アルフレッドは人々の裏切りを知ったのだ。
異教徒を、異教徒に惑わされた人々を恨みそうになる心を抱えていたときに、アーサーはアルフレッドの元へやってきた。
始めは好奇心に近い感情を孕んでいた瞳はアルフレッドの悲しみを察すると、すぐに影を潜めてしまった。
そうして、蹲るアルフレッドの頭に手を添えて、アルフレッドが顔を上げるまでずっと傍にいてくれたのだ。
「君があのとき、なんて言ったか覚えてる?」
目を真ん丸にした彼に語りかけると、泣き出す寸前のようにアーサーの口が戦慄いた。
けれど、その口が言葉を発することはない。
「姿なんて些細なものだ。人から与えられる立場に甘んじなくていい。悪魔に制約はない。お前の望みのためならば、何だって捨ててしまって構わないんだ。君はそう言ったんだよ」
アルフレッドは声も出さずにアーサーに縋りついて震えることしかできなかった。
あるべき姿から進むべき道まで全てが与えられていた者が、突然丸裸にされて選択を求められていることに気づいてしまったのだ。
時が経つにつれ、人々への怒りは収まっていった。
膨大な時の流れの前に、普遍なものなどありはしない。
神さえも例外ではなかった。
ただ、それだけの話だったのだ。
人と敵対したいわけではない。
だから、アルフレッドはどれだけ滑稽であろうと神を名乗り続ける。
今でこそアルフレッドをあざ笑う者はいないが、その姿を一度も嘲笑せずに傍にいてくれたのはこの人ただ一人。
「アーサー、君は俺の大切な人なんだ」
「……ごめん、ごめんアルフレッド」
新緑の瞳から涙が零れ出すのとほとんど同時に、アーサーの相貌がくしゃりと歪んだ。
涙を拭ってやりたいと思うが、触れたら最後、暴力を働いても止めてしまいそうでできなかった。
心を殺してしまっては、元も子もない。
「人間に、なりたいんだ。家族がほしい」
搾り出された声にアルフレッドは唇の端を噛み締めた。
世界でたった一人の同族は遥か昔に殺されて、この人は子孫に恵まれる機会を永遠に失った。
それでも、途方もない時間を掛けてその未来に焦がれてきたことをアルフレッドは知っている。
今がまたとないチャンスであり、逃してしまえば未来永劫その時はこないであろうということも、失った可能性の輝かしさも。
「君がずっと見たいって言ってた青い薔薇も見れなくなっちゃうんだぞ?」
「……もしかしたら、生きてる内に完成するかも知れないだろ」
アカシックレコードで見た薔薇を思い出しながら、殊更柔らかな声音で尋ねる。
薔薇の品種改良で身を持ち崩す者は多いけれど、明らかな動揺が瞳に宿ったこの人も相当だ。
「無理だよ。薔薇が完成するのはグレゴリオ暦二〇〇四年。君が生まれるずうっと後のことだ」
「まあ、仕方ないな」
口では割り切ったような物言いをしているくせに、如実にしょげてしまうのだから仕様がない。
その様を見て、一人笑みを浮かべていたら、それを察したらしいアーサーがぷうと頬を膨らませる。
「お前な……こう、新天地に旅立つ友人を応援する気持ちとかないのか」
「一切ないんだぞ! 後悔満載の船出になってほしいくらいだよ」
「アルフレッド……」
「本当は分かってるんだ。君は言わないけど、誰が絡んでるかも、それに乗ってでも君が人になりたいことも」
駄々を捏ねる子供を諭すようなアーサーの語調をアルフレッドは遮った。
最後の審判の日に人々の食糧になる運命を負うレヴィアタンが悪魔に変じると、都合の悪い者達など考えるまでもない。
同じ勢力にアルフレッドはまた大切なものを奪われるのだ。
泣くな。そう、自分に言い聞かせる。
「全部ちゃんと分かってる。それでも、俺は寂しいし、一緒にいたいんだ。それだけは、分かっていて」
何とか告げられた言葉に、泣き出したのはアーサーの方だった。
まるで、アルフレッドが悪魔になったときのように体を丸めて、縮こまってアーサーは泣いた。
丸まった体をなんとか抱き上げて、ベッドに乗せてからそっと背中を撫でてやる。
ひっきりなしに上がるしゃくりに、アルフレッドの鼻に涙の予兆が湧き上がるのを感じる。
どれだけそうしていたか分からない。
何とかアーサーが涙を止めることに成功して、まどろむ気配を感じた矢先だった。
「……時間、みたいだ」
「うん」
アーサーの髪先に光が灯って、少しずつ瓦解していく。
その髪を撫でてやると、振動に合わせて光がちらちらと散った。
「お前にあえてよかった。幸せだった」
髪と同じように光る指先がアルフレッドの頬に触れるのを感じながら、アーサーに痛みがないことに安堵する。
そうして、指が触れた反対側の頬にそっと親愛の口付けが行われた。
その瞬間、痛烈に理解する。
「―っ、アーサー、アーサー!」
これだけは、これだけは伝えられない。
言ってはならない。
この後悔だけは、抱かせたくない。
溢れる衝動に任せて、アルフレッドはアーサーを抱き寄せて何度も呼びかけた。
本当に伝えたい言葉を飲み込んで、ひたすらに愛しい人を呼んだ。
あの人に、人知れず息付いて花開いていたこの思いが通じなかったことを祈るしかない。
ただ、アーサーは最後の一瞬まで、アルフレッドを抱きしめてくれた。
* * * *
計画的に天候は操作しなかったものの、運良く快晴に恵まれた。
腕には空の色よりも幾分も衰えた青い花が綻んでいる。
明け方の空を思わせる薔薇はアカシックレコードが記した通りの年に誕生した。
色味に相応しい軽やかな瑞々しさを湛える香りが鼻腔を満たし、人類の目覚しい進歩を実感する。
彼らは沢山の物事を忘れる代わりにそれ以上のものを吸収していくのだ。
その人間になったあの人は今、この大地に眠っている。
あの人がどうやって生まれて、家庭を持って死んでいったかをアルフレッドは知らなかったし、知る努力をしなかった。
最後の一瞬に、ようやっと思いに気づいたアルフレッドには他の誰かを愛するアーサーを見ることなどできなかった。
アーサーが天寿を全うし、子供達が日常を取り戻してやっと、アルフレッドは一つの決断をする。
もう一度、名実共に神として、あの人が生きていた大地を治めよう。
あの人が愛した子供達が生きる場所を守るためならば、何の見返りも必要ない。
それからはアーサーが愛したように、子供達を愛した。
アルフレッドからしても長いと感じられる時間が流れても、あの人の血を繋ぐ子供達を見守り続けている。
「こんにちは、アーサー」
泥が付くことも厭わず、アルフレッドは地面に膝を突いた。
風化して、字も読み辛くなってしまっている墓石を撫でる。
「ほら、青い薔薇だよ。君、見たがってただろう?」
淡い色の薔薇を置いて、もう一度冷たい石に触れる。
「……この薔薇のせいかな。久々に君がいなくなる日の夢を見たんだ」
夢なのだからもう少し自分に甘くできていてもよかったはずなのに、アルフレッドの脳は淡々とあの日の出来事をリピートした。
起きてからその律儀さに苦笑してしまったほどだ。
「……どうして言えなかったんだろう。俺が君の家族になるって。どうしてあれが恋だったってもっと早く気づけなかったんだろう」
子供は儲けられなかったかもしれない。
けれど、伴侶として共に歩むことはできたはずだった。
悪魔は愛を知らないとはよくいったもので、アルフレッドは最後までアーサーへの気持ちの本質を見抜けなかった。
右も左も分からないアルフレッドを支えてくれた人を失うのが恐ろしくて、ずっと本当の気持ちから目を逸らしてしまっていたのだ。
あれは親愛などではなかったのに。
早くにあの人への恋情を認めていても、違う道を辿れたかどうかは定かではない。
けれど、あの人を困惑したまま行かせたくないという理由で、この思いに一生蓋をすることにはならなかったはずだ。
日の目を見ない思いは枯れることも許されず、未だこの胸で息づいている。
「愛してるよ、アーサー。今までも、これからも」
冷ややかなそれに口づけて、不可能の象徴だった花を見下ろした。
ブルーローズの花言葉のように、いつかこの気持ちが報われる日を夢見ている。
《妄想設定》
あくめりか
元バアル・ゼブル。
後にベルゼブブとなるが、基本的にはバアル・ゼブルを自称し、現在は実質的に豊穣神の役目を負っている。
嫁はいない。
あくまゆげ
レヴィアタン。
アブラハムの宗教の神により作られた怪物であり、最後の審判の日に人々の食糧になる定めを負う。
中世に悪魔に認定されるが、天界から定めと乖離する点を問題視され、一度人間界に産み落としてから、魂を回収される。
過去に伴侶あり。
バアル・ゼブルとかレヴィアタンとかの詳細はお手数ですが、グーグル先生にお尋ねください。