おことわり
某動画サイトにて公開されているMMDの三次創作ですが、拙作でお借りしているものは容姿のみとなります。
その他全ては捏造設定ですので、動画製作者様への問い合わせ等はお控えください。
悪魔が神と対立しているというのは真っ赤な嘘だ。
実際は神の御心に従い、天使も悪魔も人々を教えの道に導こうとしている。
導き方、警告の仕方が異なるだけで、基本的に求められる素質は同等だ。
正義感に満ち、悪を罰する心を持つこと。
無論悪魔の中には裁きそのものを楽しむ輩はいないわけではないが、裁くべき人物を誤ることなどない。
生命が攪拌された泉である乳海から天使と悪魔となるべく生まれる子供達は無垢そのものだ。
容姿や性格からどちら向けであるかなどの判断は社会的には一切なされず、化身を待ち続けながら教育を受けることとなる。
化身とはいっても、化け物になるわけではない。
多少の容姿の変化と場合によっては起こる性の分化がそれに当たる。
髪や瞳などの変化がありながら生まれたままの無性を保っていたならば天使に、何かしらの性別を有するようになれば悪魔にと振り分けられるしきたりだ。
なおこの変化のタイミングは個人差があり、アーサーのように遅くなる者も珍しくはない。
反対に弟分は平均的な時期よりずっと早く化身してしまったし、その結果には驚いたものだった。
彼のような性格の持ち主が悪魔になるだなんて思いもしなかったからだ。
一方、自分が悪魔になること自体は大体納得がいく結果だった。
とはいえ、積極的に魔界についての詳しい情報は入れてはこなかった。
どちらかというと、仕事面などの情報に偏って吸収してしまったという方が正しいのかもしれない。
そのせいで魔界だなんていうからてっきりおどろおどろしい所なんだろうと思ってしまっていたそこは、予想に反して極々普通の空間だった。
どちらかというと、人間界の建造物に近いイメージだ。
悪魔は人間界に溶け込んで働くことが多いので、少しでも早く向こうに馴染めるようにしているのだろう。
明るい部屋に通されて、自分の上司を待つ。
教師のような存在は今までも存在したが、これほど強烈な社会における上下関係を持つのは初めてのことだ。
緊張をごまかそうと手慰みのように指をすり合わせてしまうのが止められない。
深呼吸のついでに窓を見ると、いまだ違和感の残る自分の姿が映っていた。
金色の髪は赤茶に染まり、目立たないながらも確かに角が生えているのが見える。
その上心なしか体が丸みを帯びているのが分かり、むず痒い気持ちに襲われた。
異常なくらい緊張してしまっているのは何を隠そうこの体のせいだ。
「失礼するよ」
髪の毛を引っ張っていたら、ノックもなしに扉が引かれる。
随分失礼な上司だと先々を悲観しそうになったが、そこにいる男の姿に真っ当な思考は吹っ飛んでしまった。
「アルフレッド!?」
「もしかして、アーサーかい?」
三人掛けのソファが立ち上がった拍子に少しずれてしまったようだが、気にかけている余裕などどこにもない。
艶やかな黒髪は最後に見た彼の物としか思えなかったし、空色の瞳は幼い頃の色を留めていた。
記憶の中の彼と比べれば、大分大人の体に成長してしまったようなのが、二人を隔てた時間の長さを証明しているようでどこか切なさを覚える。
「お前が、いや、ええと、そうじゃなくて……」
「久しぶりだね」
「お、おう、久しぶり」
何から話せばいいのか全く分からなくてわたわたしていたら、アルフレッドが口角を上げて再会に相応しい言葉を用意してくれる。
その笑みは少年のそれと呼ぶにはあまりにも色気を帯びていて、記憶の中にある太陽のような彼の笑顔とのギャップにとん、と心臓が悲鳴を上げた。
社会に出て働いている自覚が芽生えたら、こんなにも自然と大人びてしまうのだろうか。
「そっか、アーサーも悪魔になったんだね。まあ、分からなくもないけど」
「ああ、お前ほどは驚かれなかったな」
開けっ放しだった扉を閉めて、アルフレッドが対になっているもう一つのソファに腰を下ろしにきた。
彼の勧めに従って、アーサーもソファに身を委ねる。
猫かぶりは上手い方だと思っていたし、自分にそれ程強い正義感がある自覚もなかった。
とはいえ、この結果に戸惑いがないわけではないが。
「ああ、あのときは迷惑かけちゃったかな」
「気にすんなよ。というか、俺はもっと暴れると思ってたんだぜ?」
アルフレッドが化身した日のことは今でも鮮明に覚えている。
朝になっても寮の自室から出てこないと思ったら、部屋がもぬけの空になっていた。
靴を履いて玄関から出て行った形跡もなく、もちろん朝食を摂りに帰ってくるなんてこともない。
意に添わない化身を起こした者が大なり小なり錯乱するのはよくあることだったが、失踪するほどある意味根性のある奴なんて今までいなかったのだ。
「君が見つけてくれたんだよね」
「あの場所知ってるの俺達くらいだったからな」
あちこち駆けずり回る中で思い出したのは乳海に程近い湧き水が見える木の洞だった。
湧き水は乳海の成分を薄いながらも有していて、いつもぷくぷくと生命エネルギーに満ちた気泡を作っては空中に放っていた。
薄桃色のそれがきらきらと光を反射し、弾けると共に回りにエネルギーを撒き散らす様はきっと今見ても飽きるものではない。
幼い頃に見つけたときなど、二人して日が暮れるまで見詰めていたものだった。
溢れる不安が荒げさせる息を必死に制御しながら駆けた道のりが、いつもより随分長く感じたのを覚えている。
自分よりも先に年少の彼が化身してしまった焦りと、何より彼が起こした行動からその結果が見えていた悲しみが理由だったのだろう。
結末を知っているのと、目の当たりにするのは全く別の問題だ。
「お前、泣きもしてなかったんだもんな。正直怖かった」
「あー、そうかい?」
「そりゃあさ、ほとんど瞬きもしないで唇噛んで固まってたんだから」
ううん、とアルフレッドは唸ってから、その現場を想像したのかそうかも、と笑う。
いつもそこら中走り回って薔薇色の頬をしていた少年が真っ青な顔で、膝を抱えて震えているのだ。
怖すぎた。
名前を呼んでも無反応だったときは正直なところ、彼の心を解すことなんて叶わないのではないだろうかと危ぶんだくらいだ。
それでも彼に寄り添って、軽やかだったレモン色から黒曜石のようになってしまった髪を撫でてやった。
そんなことしかできない自分が心底憎らしかった。
「あのとき君がしてくれた全部が嬉しかったよ」
「あんなもん、誰にだってできたさ」
「いいや。君がしてくれたから嬉しかったんだ。それにあのときゆっくり沢山考えたことが、今の俺の血肉になってる。俺自身の正義のあり方とかさ、そういうのが結局のところ悪魔向きなのかなって思えるようになった理由だし」
照れくさそうな笑みが浮かんで初めて、昔の彼らしい表情を見たように思えた。
そのことに安堵してから、彼の発言が告白じみた響きを帯びていたことに気がつく。
かかか、と頬に熱が集まってしまったように思えるが、気づかれてしまったらもっと恥ずかしいだろうから平気な振りをするしかない。
「俺もそういうの見てたからかな。思いの外あっさり受け入れられた」
アルフレッドが悪魔として生きることを受け入れたのは一瞬の出来事だったのではなかっただろうか。
あのときずっと黙り込んでいた彼は急にアーサーを強く抱きしめて、それから帰ろうと晴やかに笑った。
記憶にある彼の笑み程に明るくはならなかっただろうがそれでも笑みを浮かべて見せれば、アルフレッドがぱちくりと大きく瞬きをする。
「ねえ、君の化身ってもしかして女性型かい?」
いつか尋ねられるだろうとは思っていたが、実際にその言葉を聞くと肩が弾んだ。
少年だったときよりも貧相ながらあちこちのラインが柔らかくなっているから、気づかれない方がおかしいのだが、まさか笑顔が切っ掛けで気づかれてしまうなんて。
それでもじわじわと手の平に汗が滲んで、息が上手くできなくなってしまう。
何とか繰り返す呼吸の回数が増える度に、懸念がどんどん膨れ上がっていった。
「……両性、なんだ」
「両性?」
長い沈黙の後、搾り出した事実が心臓を締め上げる。
しかし、同時に希望を見出しつつあった。
彼はここにいる新人がアーサーであることすら知らなかったのだから、自分の直属の上司になるとは考え難い。
「うん、だからさ、お前じゃないよな? 俺の上司」
心底彼が自分の上司でないと信じたい。
いつの間にか床をさ迷っていた視線を彼に向けるには、あまりに重い予感が体中を駆け巡る。
それから瞬きを重ねるたびに沈黙の時間が降り積もり、理屈の上に成り立っていたはずの希望が打ち砕かれて手の平から零れていった。
直接冷気が肌に触れるような、残酷な感覚に体が震え上がる。
「俺が君の上司だよ。うん、でもまあ、これでよかったのかもしれないね」
「……へ?」
いつまでも続きそうな沈黙の後、アルフレッドがゆっくりと口を開く。
後半の予想外な発言に、思わずすぐにでも逃げられるよう中腰になってしまった。
「おおお前、ゲイだったのか……?」
「馬鹿言わないでくれよ! そもそも君が真っ当な男だったことなんてないだろ!」
向かい合ったソファの間に当然のように設置してあったローテーブルを叩きながら詰め寄られて、浮いていた腰がソファに帰還してしまった。
感情に引っ張られ彼の羽が広がって、テーブルにくっきりとした影が落ちる。
「俺の心はそもそも男寄りだ! ヘテロセクシャルとかホモセクシャルには身体的だけじゃなくて精神的なところも問題になるんだぞ!」
その色の深さに気圧されながら、自分の発言の正当性を主張する。
「そうじゃなくって、飛躍しすぎなんだよ君は!」
「――あ、あれ?」
ぐぐぐ、と顔を寄せられて、一音節ごとに区切りながら言い含めるようにアルフレッドが告げる。
確かにその通りなのだ。
アルフレッドの言葉を回想してみれば、自分が上司でよかったと言っているだけではないか。
アーサーの中に戸惑いが生じたのを見て、アルフレッドがソファに再び腰を下ろす。
「君の教育係ね、始めはフランシスのはずだったんだよ」
「ああ、あの凄く綺麗だった?」
自分よりも年上のあの子はほんの少し髪色の質が変わっただけで、化身した後もまるで天使か何かかと思ってしまいそうな美しさだった。
まあ、人にちょっとした意地悪をしては微笑んでいるような性格だったから、悪魔になってもあまり驚きはしなかったが。
今頃はとても美しい女性になっているだろうと溜め息を吐いたが、アルフレッドは鼻で笑ったような息を吐き出しただけだった。
「まあ、そのフランシスにさ、急な仕事が入っちゃってね。俺にお鉢が回ってきたんだよ」
「それがどうしてよかったに繋がるんだ?」
新人の情報を確認している暇もないくらい突然に新人教育なんて大層な仕事が入ってきたことが、いいことだとは到底思えない。
だとすれば、その新人がアーサーであったことが良かったことになる以外の選択肢が見当たらなかった。
やっぱりゲイの気があるのだろうかとソファにぴったりと体をつけて、彼との間を少しでも取ろうとする。
「あの人研修でも全く容赦なくってさ、後遺症残っちゃうというか」
「え、性奴隷とかそういう」
「そこまでじゃないんだけど、新人の子が本気になっちゃってその後が大変なんだよ」
自分の口からあっさりととんでもない言葉が出てしまったことに後悔しながらも、アルフレッドが気にした様子がなかったので彼の発言に集中することにした。
あのフランシスに手取り足取り優しくされてしまえば、恋に落ちてしまってもおかしくはない。
「俺達の仕事で本気になっちゃまずいっていうのに、始めで躓くなんて先が思いやられるな」
「まあ、大騒ぎになって落ち着いたら優秀に育つ子が多いみたいだけど」
だから、結構フランシスは新人教育をすることが多いのだと、アルフレッドが面白くなさそうに口にする。
その大騒ぎとやらを思い出したのか、幼い頃には終ぞ見なかった皺が眉間に刻まれた。
「そういうの嫌だろ?」
「ああ、うん……」
なりふり構わないくらい叶わぬ恋に身を焦がすなんて、どれだけ辛い経験だろう。
恒例になっているのならば恐らく事前に忠告してくれる人もいるだろうに、それでも止められない恋心などアーサーは知らなかった。
「じゃあまあ、上司は俺でいいよね」
「それってさ、そもそも俺に拒否権あるのか?」
「それもそっか」
アルフレッドが昔馴染みだから気まずくて嫌だと新人であるアーサーが主張したところで、じゃあ人を変えようかなんてことにはならないだろう。
実際に研修なり何なりをして、壊滅的な仲の悪さを露呈したりすれば話は変わってくるだろうが。
「とりあえずさ、一応確認させてもらっていいかい? 声は以前とあんまり変わらないような気がするけど、胸はあるの?」
「ある、けど、今は潰してる……」
宣言した瞬間、ほとんど忘れていた胸の圧迫感が戻ってきたような気がして大きく息を吐く。
一口に両性具有といっても、その変化には二通りのパターンが見られる。
つまり、基本は男性の体でありながら膣を有する者と、女性の体でありがなら陰茎を有する者の場合だ。
アーサーは完全に女性型の化身だった。
ぱっと見は少年のようだが、あちらこちらで女性的なラインを見せている肢体へと変化している。
ただ、今は線の出ない服を選んで着ているからすぐに確信を持つのは難しいだろう。
精神的には男として生まれ育ってきたのだから、体の変化に気持ちが全く付いていけない。
こんなことではいけないとは分かってはいるのだけれど。
「まだ受け入れられないかもしれないけど、そんなのじゃこれからが思いやられるなあ」
「それは仕事だから……!」
「んー、とりあえずこっち来てみてよ」
予想通りにされた指摘がプライドを引っ掻いて、反論する声が大きくなる。
日常生活と仕事は全く別だ。
指先の動き一つですら演技だし、場合によっては魔術で体の変形だって行うのだから、普段のあり方など気にしている場合ではない。
先程アルフレッドがしていたように両手をテーブルに突いて宣言したが、彼は一切影響を受けなかったような顔で口元に手を置いて唸るだけだった。
それから自然俯いていた顔が上がり、唇に触れていたかもしれない手での手招きと同時に呼び寄せられる。
「ん、いい子。じゃあ、俺にキスしてご覧」
「え、そん、な」
素直に手を伸ばせば簡単に手が届く所に立てば、アルフレッドがとんでもない言葉を言い放つ。
じわりと握りこんでいた手の平に汗が滲むのを感じながらアルフレッドの顔色を窺うが、当然のような雰囲気でこちらを見返してくるだけだった。
「仕事だよ、アーサー」
あまりにもアーサーが沈黙を保ってしまったからか、なんとも残酷な言葉が浴びせかけられてしまう。
そうだ。研修だろうが実務であろうが、それが自分の仕事なのだ。
拒むことなどできるはずがない。
吐き出した息はやけに重たかったが、それが何を意味しているのかすらアーサーには判然としなかった。
ソファに膝を立てて、彼に顔を寄せる。
一瞬口付けの位置を迷ったが、ここで一度核心から逃れたとしても再度要求されるだけだろう。
じっとこちらを射抜く瞳に精神がざわつくのを無視し、アルフレッドの唇に口付けた。
「ん……!? ふ、んぅ……っ」
薄い皮膚同士が触れ合った瞬間、指先にちり、と刺激が走った。
その痺れはすぐに全身を駆け回ってアーサーの体を制御不能に陥らせる。
くてんとなった体は自然とアルフレッドに垂れかかるようになるが、唇が離れるようなことはない。
服越しではあれ、ぴったりと触れ合っている部分から熱が広がって行った。
「あ、あ……やっ!」
「分かるかい? これが淫魔だよ。しっかりと体を受け入れて慣らさないといけないのに、男装している場合じゃないだろう?」
腰から脇腹にかけての自分でも魅入ってしまったラインを撫で上げられて、アーサーは堪らず悲鳴を上げた。
じわじわと浮かんでくる涙を気にしていてはアルフレッドの言葉の意味を理解できないほど、心が荒れてしまうのが全く押さえられない。
「う、ん……っ、分かったから、も、触っちゃ」
「もう研修が始まっているようなもんなんだけどな……とりあえず、ベッドの方がいいか」
必死に抵抗しようとするがアルフレッドの手はより無遠慮にアーサーの体を這い回るだけで、はくはくと開く口からまともな言葉が出せなくなってしまう。
無性は天使に有性は悪魔に。
そして、両性具有は淫魔となるのがこの世界の理だ。
化身してすぐの淫魔は体のコントロールが上手く利かないため、快楽に体を慣らす必要があるのだ。
しっかりと研修を受け、身も心も淫魔である自覚を身につけて初めて神の御心に従い働くことができる。
糜爛な生活に身を落とし、他者を誘惑するだけに止まらず苦しめる人々に引導を渡す役割に特化した悪魔。
それが淫魔である。
知識だけは十分なくらいに存在したが、こんな感覚は知らない。
苦しいほどの熱が湧き上がって、頭がおかしくなってしまいそうだった。
「奥に研修用の部屋があるから、早速だけど、ね」
アルフレッドに抱き上げられるだけで、全身が震え上がってどうしていいのかも分からない。
この体が落ち着く日なんてものが来るかどうかも分からなかった。
けれど、縋れる人は彼しかいない。
いうことを聞かない指先でどうにか彼に縋りつくと、アルフレッドが小さく笑う。
鼻先から零れたの吐息のようなそれは、まるで知らない人のもののよう。
微かな空気の揺らぎにぞくりと背筋が震えたのは、記憶とは絶望的なほど食い違うアルフレッドの振る舞いに恐怖を感じない自分に恐れをなしたからに違いなかった。