可哀相なくらい背筋を伸ばした背中が廊下へ消えた。
続いて誰も彼もいなくなってから小さく溜息を吐いて、倒れ込むように椅子に座り込んだ。
反動で悲鳴を上げて揺れる椅子が落ち着くのを待つと、停止した地球崩壊予想プログラムをシャットダウンする。
「ごめんなさいね、ロシウ」
本人の前では決して言えない謝罪を漏らしたが、案外罪悪感が湧かない自分にリーロンは少し驚いた。
見た瞬間に悟ったことなのだから、当然といえば当然かもしれない。
そう、教えるわけにはいかないのだ。
懐から情報端末を取り出してパソコンに接続し、迷彩を施したファイルを展開する。
長ったらしいパスワードをプログラムに入力し、起動させると先程と似たような動画が流れ出した。
月が地上に衝突するとすぐにその絶望的な破壊が始まる。
衝撃によりシェルターは完全に破壊され、それでも衰えないエネルギーは地球全体を包み込む。
地球は太陽を思わせる灼熱の空間に変わり、生きとし生けるものはことごとく命を落とすだろう。
ここまではロシウ達に見せた映像と相違ない。
ゆっくりとリーロンが瞬きをする内に、画面は小さくなった赤い地球と抉り取られた地球とも砕けた月ともつかない破片が散らばる宇宙に変わっていた。
これこそが絶望だったのだとリーロンは思わずにはいられなかった。
宇宙には小さな塵のような物がそこここに漂っている。
漂ってるというと可愛らしいが、実際はそんな生易しいものではない。
見目は緩やかに流れているように見えるそれは秒速8キロメートルという凶悪なスピードで動いている。
宇宙空間にいる人々もまた同じ流れに乗っているので、ゆっくり動いて見えるのだ。
それはデブリと呼ばれ、小石ほどの大きさの物でも衝突すれば強化ガラスなど易々とぶち破ってしまう。
それほどの破壊力を持つデブリが地球周辺に大発生すれば近寄ることも叶わないし、アークグレンがデブリから逃れられるかも分からない。
一つでも避けられなければ、アークグレンはひとたまりもない。
ニアの姿をしたあれは人類に絶対的絶望を与えると言ったはずだった。
人がいなければ、絶望も何もできはしないので、アークグレンくらいは逃げさせてくれるのかもしれない。
地球の回りを渦巻くデブリに遮られ、母星に帰ることも叶わず立ちすくむ人類を彼女は嗤うのだろうか。
ロシウに伝えるわけにはいかなかった。
この先状況がどう転ぼうとも月が衝突してしまってはいけないのだと、逃げるだけではどうしようもないのだと。
今、ロシウが絶望してしまえば、ロシウの思想にぶら下がっているだけのこの組織はすぐに駄目になってしまうだろう。
そうすれば、人類全体の絶望は目の前にやってくる。
導く者もいない集団はただ逃げ惑い、捨て鉢に動き、月が来なかろうが滅びに近づくはずだ。
そんな風に終わるくらいなら、事実を覆い隠しても希望を抱き続ける方がいくらかましだと思うのだ。
「……シモン」
もはや遠い子の名を囁くと、痛まなかったはずのの心臓がちくりと痛んだ。