昔の話



 資料は膨大なくせに、必要な物は見つからなかった。
 いつものこととはいえ落胆せざるを得ない。
 溜め息を吐いて資料の山を脇に避けると、控えている者を呼び寄せた。


「いかが致しましたか、チミルフ様」


「こちらに配属が決まっている人型の兵で、ガンメンの訓練経験の浅い者を割り出せ」


 胸を反らし、生真面目に突っ立っていた士官がにわかに表情を崩した。


「は、人型ですか……?」


「そうだ。性別、戦闘能力は問わん。なるべく人間共と近い体型の者を捜し出して、基礎情報と訓練記録を持って来い」


 以上だ、と告げると士官は疑問の気配を残したまま、了解の旨を述べて丁寧に退室した。
 一人になった室内でまず終わらせるべき仕事を確認する、とはいっても後は証明印を押せば終わる物ばかりだったが。
 一応概要に目を通した後に印を押して、机の脇に追いやると席を立った。


 自分の思惑が正しいかどうかくらいは確認しておくべきだろうと思ったのだ。
 チミルフの知り合いの中であそこまで人間に似た姿を持つ者は彼女くらいしかいない。
 機嫌が悪ければ真面に答えてもらえないような質問だったが、致し方がないことだった。


 自室にいるかと思っていたが、基本的にアディーネ管轄外である場所の廊下に彼女を認めた。
 アディーネとて、常々戦いのみに身を投じている訳ではないのでどこにいたとしてもおかしくはない。
 けれど何とは無しに幸先の良さを感じ、彼女を呼び止めた。


「――で、あたしにその昔のことを思い出せって言うんだね」


 短く纏めた質問に、アディーネは少し険のある物言いで応じた。
 だからといって今日格別に機嫌が悪いとかそういうふうには見えないので、さほど問題はない。


「ああ、螺旋王より賜った物だ。半端な使い方はできん」


 チミルフの言葉を受けて、アディーネが指先を口元にやった。
 チミルフ自身、ガンメンに乗り始めた頃のただの感覚など既に皆無に等しかったが、記憶としてはしっかりと残っている。
 彼女もまたしかりのようで、存外真面目に思い出そうとしてくれているようだった。


「そうだねえ、やっぱり動かしにくかったよ。慣れてしまえばどうということもなかったけど、セイルーンに乗ったときは正直驚いたね」


 思った通りのアディーネの言葉にチミルフは自分の判断に確信の色を強め、質問を重ねようと口を開く。


「特にやりづらかった訓練はあったか?」


 聞くや否やアディーネ眉間に皺を寄せ、赤い尾を揺らめかせた。


「あんたね、それくらい訊かなくても調べれば分かるんじゃないのかい? あたしの記録で分かりにくいのなら、ある程度見繕って統計でも取れば良い話だしね」


 捲し立ててから、アディーネは腰に手を当てて溜め息を吐いた。
 確かに記憶が残っているとはいえ、それは総合的なイメージでしかないだろう。
 信憑性を高めるのなら、記憶に頼るよりも数字を見比べた方が間違いがない。


「すまんな、アディーネ。帰って調べてみる」


「ああ、そうしな」


 くるりと服の裾を翻したのでてっきり帰るのかと思ったが、二、三歩歩いてああ、とアディーネが漏らす。


「エンキ、だっけ。そいつの搭乗者が決まったら名前だけでも教えなよ。それの結果が出たらこっちでも考えてみるから」


 分かったと告げると、アディーネは振り向きもせずにヒールを鳴らして近くの曲がり角に消えてしまった。
 彼女の足音が遠ざかるまで待ってから、チミルフも踵を返す。
 部下が報告書を纏めるまでどれくらい時間がかかるか分からなかったが、あまり長い間エンキを寝かせておくわけにはいかない。


 人型のガンメンはそう多くない。
 元々獣人に人型が少ないのもあるが、わざわざ人間と同じような形の物に乗る必要もないということだろう。
 人型の体格の者で、自らでガンメンを選べる程の力量の者も人型のガンメンに乗る者は少ない。
 選択の機会がなく、選ぶことに思い至らなかったのならなら良い。
 しかし、人型は身体面で劣るという一般常識から手を出さないでいるのなら、それは嘆くべきことだ。
 身体の力強さのみで戦闘能力が測れるのは、精々子供の喧嘩までだ。
 そうでなければ四天王の中に人型の者が二人いるのは道理ではない。


 自室に帰ってからまず、アディーネの訓練記録を探した。
 さほど苦もなく捜し当てると始めにさっと目を通した。
 やはり成績の良さは間違いないが、やや不安定なところがみられる。
 幾つかチェックして他の者のデーターと照合すると、同じような傾向が見て取れた。
 この様子なら、良い結果が出てもおかしくはない。


 時計に目をやると、思ったより時間が経っていた。
 机仕事の時間に気づいてしまうと急に疲労が襲ってきて、背筋を反らし深呼吸をする。
 首を回してから眉間を揉むと、きつく目を閉じて開く動作を繰り返した。


 肩を回そうとしたとき、通信を求める信号が入った。
 コードを打ち込み回線の解放を許可すると、先程仕事を伝えた士官が画面上に現れる。


「チミルフ様、候補の絞り込みが完了しました」


「御苦労。それにしても早かったな」


 自惚れるつもりはないが、それでも自分の配下は少なくはない。
 士官は深く頭を下げると姿勢を正し、再び口を開いた。


「新参の者で、人型となりますとそう多くはありませんでしたので。人型の部類の者は67名、その内で特徴の顕著な者は14名でした」


「分かった。では67名全員の基礎情報と訓練記録、14名は詳細も追加して送れ。以上だ」


「了解しました! 以上をもって通信を終了します」


 士官は二度目の敬礼をすると、宣言の通りに回線を切断する。
 代わりにデーター転送の表示が浮かび、ほどなくして完了の告知を受けた。
 データーを開くと膨大とまではいかなくてもそこそこの量を前にもう一度深く息を吸い込んだ。


 14名以外の情報は参考程度で構わないが、14名はどれだけ時間をかけても精査しなければならない。
 悪く言えば螺旋王から賜ったガンメンを素人に預けるのだ。
 どのように使っても良いとはおっしゃっていたものの、早々に壊すようなことがあってはならない。


 チミルフは肺に溜めていた空気を吐き出して、一人目の資料に手を伸ばした。



 注意する点は余り多くはない。
 まずは体格が人間に近く、成績が良ければなお良い。
 下手なアレルギーや注意点に記入がある者は避けて消去法をとれば、その人物は案外簡単に浮かび上がってきた。
 その者に直通の回線で連絡を取ろうと思ったが、訓練時間だろうと思い当たって連絡だけを端末に入れておいた。
 夕方には訓練も終わるだろうから、夕食前には顔を出すだろうと踏んだ。


 仕事を早めに切り上げて翌日の予定を確認したりして時間を潰していると、先程と同じ信号が舞い込んだ。
 同じようにコードを打ち込んで許可をするとすぐに直立不動の少年の姿が浮かんだ。
 当然だが資料の写真通りの顔立ちは必要以上の緊張で固まって、自室に来てちゃんと話ができるのか少々気にかかる。


「連絡を戴きましたヴィラルです。チミルフ様、何のご用件でしょうか」


 緊張した様子の割にはしっかりした口調だった。
 視線をしっかりと前に定め、体の重心をぶらすようなこともない。


「今からわしの事務室に来い。まずはそれからだ」


「わたくしなどが宜しいのですか……?」


 にわかにヴィラルが表情を崩したが、すぐさま表情を戻す。


「申し訳ございません、口が過ぎました。少々お待ち下さい、すぐに参らせていただきます」


 では失礼致します、と腰を折って言うとヴィラルは回線を切った。
 静かになった自室で、これは拾い物かもしれないとチミルフは思った。
 自らの緊張をねじ伏せ、失言に気づき訂正をする。
 失言は基本するべき物ではないだろうが、失言とは思いもしないからすることなのだ。
 それ故あの状態ででの対応はなかなかのものだったといえるだろう。


 同じ敷地内とはいえ、都の軍部は酷く広い。
 ヴィラルいう少年がやってくるまでに、ある程度の時間がかかるはずだ。
 それまでに彼を乗せるはずのエンキを今一度見にいこうと、チミルフは腰を上げた。