甘い夢を、と呟いてから振り返った。
黄金に輝く世界には妻と娘の他、誰もいない。
息が詰まって、目眩がした。
「あなた?」
妻が微笑みを崩して、ヴィラルの異変に首を傾げた。
娘もまた同様らしく足元に近づいてくる。
「いや、忘れていたと、気づいただけだ」
笑って見せたつもりだったが、妻の様子を見るかぎりではかけらもうまくいっていないようだった。
不安そうな妻の表情を和らげてやることはきっとできないと、そんな理由のない確信が脳裏をよぎる。
もう行かなければならなかったので、どちらにしてもさほど問題はないのだけれど。
ぎゅっと拳を握り締めると、暖かな感傷を振り切った。
力の奔流に身を任せながら、一度目を閉じる。
ああやはり、と漏らすと涙が零れそうになった。
あの方の、あの方々の声がうまく思い出せない。
色も詳細はあやふやになっていて、姿形さえもいつかはかき消えてしまうのだろうか。
「チミルフ様、アディーネ様、私は」
変わっていくことが忘れていくことが、良いことなのか悪いことなのかヴィラルには見当がつかなかった。
けれどどちらもいとおしいものには違いないのだと思い至ると、ヴィラルは堪えていた涙を落とした。
(願わくは、大切になくしていきたかった)