「え、何これ」
「常々ながら失礼な奴だな……」
溜め息交じりに非難すると、コムイが疑問の抜け切れない表情でごめんと返してきた。
いきなり目の前に突き付けたならともかく、誕生日だろうと言って見せているのだから言葉と対応した物に違いないだろうに。
確かに、誕生日プレゼントにしては包装も何もしていないのはこちらの落ち度ではあるだろうが。
「以前使っていたのが壊れたと言っていただろう?」
人にやるプレゼントといえば食べ物などの消耗品か相手が本当に必要とする物を送るべきだろう。
先にその話を聞いていなければ、自分も食品系で済まそうとは思っていた。
「バクさんとコムイって付き合ってるんですか?」
「……なんでそうなる」
先程まで傍観していた同僚が急に会話に割り込んできたかと思えば、随分不躾な質問をされる。
脈絡のない質問内容に眉間に皺を寄せると、同僚が手元を指さした。
「だってそれって、ただの同僚にそう簡単にあげる物じゃないし」
「そうだよ、僕だって初任給のときに買ったんだもん」
二人から言われて、あ、と間抜けな声が口から漏れた。
ああ、なるほどそういうことか。
「悪い、出直してくる」
黒の教団にはありとあらゆる階級の人々が集い、自分は最上級に位置する階級の出身だ。
普段どれだけ実力重視で階級を意識していなかったとしても、何げなく買ったこれはコムイが買った物より上等なのだろう。
これでは暴力に等しい行為をしているのと同じこと。
自分でしておきながら憎らしくて恥ずかしく、何より惨めだった。
「――っ、バクちゃん!」
自分の表情の酷さは分かっていたから、本当は振り向きたくなかった。
それでも万年筆ごと手を握り込まれてしまうと、そのまま去ることもできない。
「僕、それほしいな。誕生日だからわがまま言っても良いよね?」
駄々を捏ねているようにも思える発言も、彼の気遣いだということが手に取るように分かる。
それが高価な物だからほしいわけでも、こちらの機嫌を取りたいからでもない。
だた、自分を傷つけたくない一心なのだ。
「ちゃんと手入れしろよ。長く持つ物だからな」
喜びは確かにあった。
けれど、同時に敗北感を感じていたのも確かだった。
科学者として、彼が優れているのは認めるところだ。
「うん、大事にするね」
するりと手放した万年筆をコムイが受け取って、弾んだ声で返してくる。
素直に厚意を厚意で返されるだけで、これ程に気持ちが高ぶるだなんて。
絶対に負けだ。
自分にはこんなことはできないし、きっとこういうことは人の上に立つ上で必要なものなのだ。
どうやら自分が学ぶべきことは、未だ多分にあるらしい。
「珍しいすね、万年筆だし仕事してるし」
「ああ、コレ?」
確認の資料を手渡してきたリーバーの言葉に一瞬引っ掛かりながらも、いつもの羽根ペンの替わりに持っている万年筆を持ち上げる。
珍しいというのはやはり仕事云々にも掛かっているのだろうか。
十中八九掛かっているとは思うが。
「インクも何か違う奴ですよね? 誕生日に貰ったんですか?」
「バクちゃんから貰ったんだ。良い色だよね」
見せかけで一度万年筆を回している間に返事が返ってくると思いきや、何故か言い淀んでいたので視線で促す。
「ああ、いや、ああいうことされて、ちゃんとくれるって言うのが凄い人ですよね」
「しっかり嫌味言われたけど、そういうところがバクちゃんの良いところだよねえ」
それとこれとは別とでもいうように、バクから届いたインクはそれはもう見事な物だった。
はっきりした色でありながら、細かく書き込んでも全くちらちらしない。
インクが乾くのも早いし、滑りも上々。
もしかしたら、バク自身愛用している品なのかもしれない。
そうなると、この万年筆同様値段を聞くのが大分恐ろしいが。
「そうそう、この万年筆もアジア支部にいた頃に貰ったんだよ」
公務で使うにはもったいないから、プライベートを中心にもう何年も使わせてもらっている一品だ。
小まめに手入れしているつもりなのだけど、これが壊れたら酷く寂しくなるだろう。
そもそもこれをサブにして他の万年筆を買おうとしたのだが、これ以上肌に合う品に未だ出会えない。
本当に、どれだけ良い品なのだろう。
「……そうやって貰った物ちゃんと使えるところって室長の良いところだと思いますよ」
不思議と嫌味にならない溜め息交じりの調子と言葉の内容の差に僅かに首を傾ける。
それでも褒めてくれてはいるようなので、素直に返礼で返した。