世界は君を待っていた



「天使とか悪魔とかそんなのに巻き込まれるのは真っ平だ」


 陳腐な言葉だ。
 けれど、これ以上なく甘美な言葉だった。
 長く探していたものの片鱗を見つけたように思えて、最近とんと忘れていた種類の感情の高ぶりを感じる。


「でもそれじゃあさぁ、結局前と何にも変わらないよね?」


「変わらなくたって構わない。管理されて生きていったり餌の代わりにされたりするくらいなら、自分達で身を滅ぼした方がずっとましだよ。なるようになるのが一番良い。何だかんだ言ったってここは俺達の世界なんだ」


 すぐにでもCOMPをへし折ってしまいそうな程、指を握り込みながら小さな魔王候補は吐き捨てた。
 その姿に入れ墨を全身に流し込んだ若い混沌の王者が重なった。
 彼もまた、神々の代理戦争を唾棄したのだ。


「そう言うのなら好きにすれば良いよ。力さえあれば結果はちゃんとついてくるさ」


 それがたとえどんなものだったとしても、彼は目を背けたりはしなかった。
 黄土色の世界の中で王として君臨した少年は、自らの世界が終わるときに神など必要ないのだと笑った。
 ほら、何とかなるじゃないか、と。


「ありがと。あんたと喧嘩することになったらどうしようかと思ってたんだ」


 ただじゃ済まなかっただろうと宏太郎が笑って、始めて手の平の力を緩めた。


「今日は機嫌が良いんだよ。懐かしい言葉を聞けたからね」


 自分は昔、人だったとあの少年は時折口にした。
 以前は妙な話だと思っていたのだけれど、人間にしか、人間だった者にしか言えない言葉というものが確かにあるのだ。
 今となってはどうでもいいことではあるけれど、きっと彼は確かに人間だったのだ。


「ずっと一匹狼してると思ってたんだけど、連れでもいたの?」


「そうだねえ、千年くらいしか一緒にいなかったけど、中々楽しかったよ」


 せんねん、と驚いたように呟く宏太郎を見ていると、何だか愉快になってきてからからと笑った。
 こんな、魔王の座も救世主の座も蹴飛ばそうとする少年がいる世界だ。
 きっとどこかに彼がいてもおかしくはないではないか。

 混沌を傅かせる覇者。
 世界を神から解き放つ者。
 魔王である自らが唯一跪くその人に、いつか。


「世界は君のような人を待っている」


 あの千年は、彼が神に相応しくなるための。