ああ、酔っている。
飲み会だから当たり前だけれど、非常に嫌な酔い方だとしかいいようがない。
「悪い! こいつ飲み過ぎるといっつもこうで……!」
どうやら友人か彼氏らしい男が、他の人間に標的を移したらしいふわふわした女の子を取り押さえながら謝罪をしてくる。
吃驚するほどに柔らかなキスの感触が残る唇を軽く押さえながら首を振った。
「それよりもこのゼミ潰さないように気をつけた方が良いんじゃないか?」
「全くで! ……こら、松野!」
酔い癖で人にキスして回って、あっさり許してくれる男はそういるまい。
それがあんなにも可愛らしい女なら余計にそのままお持ち帰りを狙うだろう。
それだけならまだしも、わざと酔わせて云々などという事態になれば目も当てられない。
そうなるともはや犯罪である。
しかし、もしキス魔であると自覚しているのなら、あの女も質が悪い。
あんなにも柔らかな唇を持ち合わせる女性をどれだけの男が拒めるというのだろうか。
そんなことを思いながら触れた己の唇はそれ程柔らかくはなかったし、食事の油とグロスでぺたついていた。
風呂上がりに牛乳を飲んでから、ソファに大の字になって倒れ込んだ。
さすがにバスタオルを腰に巻いてはいるものの、それ以外は全く身につけていない。
こんな露の蒸し暑い最中に脱衣所で着替えるだなんて正気の沙汰ではない。
「ああ、自由……自由だ」
ローテーブルに腰にタオル一丁で足を放り出して呟いても、誰もいないのだから誰からも咎められない。
そう、誰もいないのだ。
父と母は親戚が良い所の営業マンと再婚して、盛大に式を挙げるというので一日中家にいない。
帰ってくるのは明日の昼過ぎになるらしい。
そうして、あの従姉はどうやらゼミの飲み会があるらしく恐らく遅くまで帰ってこまい。
別に嫌いだから家にいてほしくないとかいう理由ではないが、苦々しく逃げそびれたと告げたあの表情が忘れられなかった。
だって、家に一人きりである。
何をしても早々ばれはしないだろう。
一日限定の解放である。
だから、手初めに学校を休んだ。
大人のお店の着払いも今日にしておいて、目一杯遊んでみた。
大変素晴らしかった。イメージアンドアーカイブズではどうしようもない境地であると痛感した。
ついでに家の共用テレビででかでかとそういう物を見るのも中々いつもとは違う感覚で、総合すると所謂大満足という。
「ただいま」
「……おかえりなさい」
声だけは上げなかったが、代わりに全身で悲鳴を上げていたのではなかろうかと思う。
時計を確認してもまだ十時を過ぎたばかりで、従姉が帰ってくるだろう時間には程遠かった。
とりあえず机に上げたままの両足を床につけた。
風呂上がりで一応彼女がいるときはさっさと自室に引っ込むようにしていたから、こんな格好を見せるのは何年か振りだと思う。
何ということだ。
「早いお帰りで」
「もっと遅い方が良かったか?」
浄水器をつけた蛇口からコップに注いだ水を一気に煽ってから、従姉が意地悪く笑う。
パソコンを相手に作業をすることが多い上、紫外線対策を匂わせる日頃から白い腕が赤みを帯びているのを見るとどうやらそれなりに酔っているらしい。
同様にチークが栄えそうな白い頬もほんのりと赤みを増している。
「べっつにー」
恐らく二次会は抜けてきたのだろうが、何となくそれで正解な気がする。
今更寝間着に着替えに行くのも間抜けに思えるのだけれど、行かないわけにはいかないだろう。
何より小恥ずかしいし。
「宏太郎」
立ち上がるためにソファに手を突いた辺りで名前を呼ばれた。
余りにも突拍子のないことだったから、前後関係なんか吹き飛んでしまって曖昧なのだけど。
「え、あ――」
ソファの真後ろに移動していた従姉の細い指が呼びかけに答えようと顎を上げて、露になっていた首をなぞった。
その後首全体を覆ってきた指や手のひらも、鼻先に下りてきた唇もやっぱり酔っているらしく熱かった。
風呂に入ったのに酔っているとはいえ、外から帰ってきた彼女の方が熱いとはもしかして冷えのぼせか。
駄目だ、逃避をしている場合ではない。
「ちょ、この……っ!」
酔っ払いめ、と続けようとした口を黙らせるがごとく口づけられた瞬間、頭が真っ白になった。
近親相姦という言葉が膨張して破裂しそうな思考に駆け巡ったが、法律上従姉妹とは問題がなかったような気がする。
体面的には大問題だが。
「んっ……」
重ねられた唇が一瞬離されて、濡れた感触が唇を這った。
舌だと気づいた瞬間にうなじが熱を持って、その熱さが背筋をすとんと滑り落ちる。
反射的に閉じていた瞼を上げると、灰色の髪が耳元から顎に零れるのが見えた。
「ん、ぅ」
唇だけで上唇を柔らかく食まれて、内股が俄に痙攣した。
ああ、ああ。食われちゃうのかなあ。
俺、年上モノは若さと勢いに押されておろおろするお姉さんみたいなのが好きなのに。
「ふ、まあ、それほど捨てたものでもないか」
最後にリップ音を立てて唇を離すと同時に、手のせいで違和感のあった首がふっと軽くなった。
僅かな時間だったくせに淀んでしまったらしい空気が一気に入れ替わって、火照ってしまった頬が際立って感じられる。
満足そうに笑う従姉に視線だけで理由を問うてみるが、ひらひらと手を振るだけで背を向けられてしまった。
「風呂に入ってくるから、それまでに何とかしておくんだな」
「何とか? って、ひえ……!」
引きつった声が喉を突いた頃には、既に従姉の姿はなかった。
まあ、当然といえば当然の生理現象なのだが。
「し、死んでしまいたい……!」
何が悪いって、キスをされただけでここまで反応してしまうこの元気さだ。
シチュエーション的に美味しいというのは否定できないが、それはイメージアンドアーカイブズ限定の話ではなかろうか。
その、何というか、非常に困る。
いつも突拍子のない従姉ではあるけれど、本当に今回のは質が悪い。
時間帯を弁えずに悲鳴を上げると、従姉が遠くで笑っているような気がした。
『直哉を姉ちゃんにしたらマジ犯罪だったよ!』
『可愛い女の子に嫉妬して対抗心を燃やすクールビューティー。』
……とのメモが残っていました。ちょっと壁に向かって反省してきます。