カインとアベルの話は以前から知っていました。
いつかやったゲームで二人の名前が出ていて、気になってインターネットで調べたからです。
ご存じかもしれませんが、俺はちょっとしたゲーマで考察魔の気があるのです。
結局はどちらかというと創世記の内容より、カインコンプレックスの方に重きをおかれた暗示だったのを覚えています。
ですが、今はそんなことはどうでも良い話ですね。
重要なのは創世記の中身です。
そうです、創世記です。
あなたそのもののか、あなたの中にあるであろう記憶の話なのです。
俺は天使達にアベルと呼びかけられても、それどころか創世記を読んで何も思い出せませんでした。
この有り様では俺の中にアベルの魂があったとしても、恐らく一生その記憶を思い出せないでしょう。
けれど俺は創世記が誤っていない限り、何があったかを知っています。
これから話すのはあなたのことです。
正確にはあなたの中にあるはずのカインの話です。
カインは神の孫でありイブの子であり天使長の子でありました。
アダムの子ではありません。
天使長はルシフェルであり、ルシファーでありサタンの名を冠する者なのです。
カインは天使長の資質を多く受け継いでいました。イブの中にも天使長の性格があったので当然です。
それ故、神はカイン自身を受け入れることがなりませんでした。
カインは天使長のもので、天使長は彼を慕い求めていたからです。
カインが神の下へ行くには、生まれの罪を償わなければなりませんでした。
俺には少しばかり理不尽に思えますが、そういう理屈なのだそうです。
カインは神に拒否されても、弟を愛さなければなりませんでした。
けれど、それは叶いません。
カインはアベルを一瞬の激情の内に殺してしまいました。
本当は神がそんな試練を科しさえしなければ、カインはアベルを殺そうとは思わなかったでしょう。
あなたはそう思ったはずです。
しかし、カインは神を恨まなかった。
自らの罪を恐れ、悔恨し、神に縋りました。
神もまたカインを追放しさえすれど、カインが人に殺されないように配慮したのです。
何故、神はカインを許したのでしょう。
より自らに近いアベルを殺されたのに、どうして神はカインを守ったのでしょう。
それは、カインを愛していたからです。
直哉、あなたがカインならば、神はあなたを孫として愛しているのです。
あなたの嫌う神の不平等の下、あなたを。
そうして、ルシファーもまたあなたを愛します。
直哉、あなたがカインならば、ルシファーはあなたを息子として愛しています。
愛される権利があるなどという生易しいものではない。
あなたは愛されているのです。
あなたは対極に立つ者達から愛されているというのに、何も顧みようとしないのです。
何も知ろうとしないのです。
その行動の裏にどのような意図があったのか。
もしかしたらそれすら気に食わないと受け入れないだけなのかもしれませんが、今はそんなことはどうでも良い。
その辺りのことはどうだって良いのです。
それより重要なのは俺が今の今まであなたのことが何一つ理解できないものと思っていたことです。
しかし、今回のことで初めてはっきりと理解したことがあるのです。
簡単な話です。
直哉、あなたは怒っている。
カインは神に怒ってなどいなかったのに、あなたは神に怒っている。
あなたが直哉である限り、他者であるはずのカインのために。
そうして、得られるはずの全ての愛をあなたは見落としてきた。
自らには必要ないと思っているから。
俺はあなたを一欠片でも理解しました。
だからたった一言で終わらせようと思うのです。
俺を柔らかく縛ってきた何かを引きちぎる魔法のような一言を。
「なんてかわいそう」