まさかの団地ともおパロディです、といいたかったのですが全然違う話になりました。 ライドウを気まぐれな天使と呼べないところが敗因かと。
ライドウから手紙が届いた。
内容は箇条書きに近いようなもので、周りが喧しいだのなんだの愚痴も混ざっていた。
組織の中心が格式ばっていて、肩がこるのは仕方がないこと。
けれど、一年近く探偵社でゆっくりとしていたライドウにはなかなか慣れないだろう。
無表情で応じながら、心中辟易しているライドウが脳裏に浮かぶ。
終わりの文にはやっと向こうの仕事も目処がたったと書いてあった。
超力兵団事件が幕を閉じて半年過ぎた辺りに、ヤタガラスの使者がライドウを半ば引きずるように連れて行った。
ライドウが行き渋りをしたのは、説明もなしに支度を強要されたからに他ならなかったが。
手紙にも気になる仕事の内容には触れられていなかった。
探偵社の一番立派な椅子に深く腰掛けて、目を伏せる。
たったの一年ぐらいでこれ程にも変わってしまうものなのか。
一人でいた時間の方が比べるまでもなく長く、一人を厭うことなど今までなかったのに。
否、決して一人というわけではなく、今でも時折タヱがコーヒーをせがみにくる日もあったりするのだが。
それでも、やはり足りないのだ。
辛辣な口調の黒猫と魑魅魍魎の者達、それに十四代目葛葉ライドウ。
変わらない状態など、どこを探しても見つからないだろうし、嘆くのも無意味だ。
だと分かっていて、半年経ったのに今だに懐かしがる自分が情けなくて仕方がない。
葛葉一族に関わったのも、一時期間のみ十四代目を預かる約束をしたのも全部己が決めたことだったのに。
突っ伏した矢先、コーヒーの匂いが鼻先を踊ったのを感じて落ちていた瞼を持ち上げる。
「……あれ?」
戸が開いたままの簡易台所で、黒い外套に身を包んだ人物がコーヒー豆を挽いている。
その足元には紫の帽子を被った雪だるまが纏わり付いていた。
「ああ、起きましたか」
ライドウが振り向かないで言いながら、ケトルの様子を見る。
どうやらまだ湯は沸いていなかったようで、彼は静かに踵を返した。
ジャックフロストは首だけでライドウを見送ってから、ケトルを注視する。
「眠るなとは言いませんが、眠るのなら戸締まりくらいして下さい。不用心過ぎます」
「ああ、うん、ごめん」
訳が分からないまま謝罪する内に、ライドウは座られることが少なくなった長椅子に腰を降ろす。
「ライドウちゃん、仕事……」
「仕事で志乃田まで行ったのですが、思ったより早く片が付いたので足を伸ばしただけです。始めは来るつもりもなかったので、禄に土産もありませんが」
しれっと答えるライドウの表情からは、その言葉が真実なのかどうかも分からない。
「そう」
どう返していいか分からず、溜息のような力のない相槌をする。
すると、ライドウが探るような目付きをした。
「迷惑でしたか?」
「いや、まさか。ただ少し驚いただけだよ」
「そうですか」
無表情に近くはあるのだが、ライドウが少し表情を和らげた。
小さな足音が聞こえたのでそちらに意識を寄せると、台所からジャックフロストが事務所の方に出てきてライドウに何やら囁いた。
ライドウはジャックフロストの頭を撫で、長椅子から立ち上がる。
恐らく湯が沸いたのだろうとライドウを見送り、寄ってきたジャックフロストの頭を撫でるふりをする。
ライドウと同じように触れられるわけがなく、視覚上の行動でしかないけれどジャックフロストはどこか満足そうだった。
「君のご主人の気紛れに救われたよ」
果たしてライドウがただ段取り上手だったのか、はたまた始めから顔を出すつもりだったのかは分からない。
時間が余ったといっても、わざわざライドウが足を運んでくれるとは思わなかった。
きっと、ライドウ短い滞在時間で帰ってしまうのだろう。
また明日からは一人でここに座るのだろうけど、いつか今日のような日があるならば悪いものでもないのかも知れない。
台所からは食器の擦れ合う音が響いていた。