「違うって葵鳥さん」
「あら、こんなときばっかりちゃんと呼ぶだなんて、ますます怪しいわよ?」
くすくす笑うタヱと萬年町で大外れの詮索をしてきたお針子がだぶって見えて、ライドウは小さく溜め息を吐いた。
この場合は最早冗談となってはいるが、女の人の思考回路が時々分からなくなる。
「……ライドウ、こういうのは真面目に取り合っちゃ駄目だって」
お愛想笑いをしていた鳴海が目敏く息が零れる音を聞き取って、少し声音を低くする。
「すみません、萬年町に行ってから妙にその手の話題が多くて」
少女に妄想を語られるだけならともかく、オカマロードで絡まれたり辰巳にじっとりと見詰められたりしたのは正直なところかなり辛かった。
自分の顔が世間受けするのは知っていたし、長所として捜査時に使用したこともある。
けれど、こういう形で不利益を被るとは露とも思わず。
「あー、そりゃツイてないな」
やっと萬年町から離れられたのに、蒸し返されてしまったこの状況を不運以外に何といおう。
思ったより深刻になってしまった頷きに、さすがに質の悪いお遊びだったと反省したのかタヱが小さく謝った。
「でも、何となく分かる気がするわ。だってライドウ君綺麗だもの。ねえ、そう思わない?」
「そう思わないって、タヱちゃんってば俺を嵌めようとしてない?」
じと目で睨まれて初めて自分の言動の意味するところに思い当たったらしく、タヱが口元に手を当てる。
「やだ、重ね重ねごめんなさい。でも、本当にそういうのじゃないのね……?」
念押しの確認らしく、タヱが机から少し乗り出して鳴海の挙動に目を走らせた。
そんなことをされたら逆に挙動不審になりそうな気がする。
「少なくとも、俺はそんな風に思ったことないけど……?」
近づかれた分、鳴海が座布団から動かない程度に後ろに下がる。
少々自信がなさそうにこちらを窺われて、不覚にもこの場から逃げ出したくなってしまった。
「少なくともなんて半端な言い回しをしないで下さい。無論、自分もです」
けれどただの同居人かと聞かれると、多分自分は首を傾げてしまうだろう。
恐らく自分は鳴海に対して、家族に近い感情を抱いている。
親しくしている親戚がいたのなら、きっとこのような関係だったのではないかと最近思う。
「そうよね、本当にごめんなさい」
「全く、俺達みたいなまだ冗談が通じる相手だから良かったけど、記者なんだから早合点は気を付けなよ?」
鳴海の苦言交じりの忠告にタヱが苦しげに笑う。
どこか乾いたその声が途切れた一瞬後に、自前の探偵手帳に他者の手が加わったのが原因で落ち込んでいたゴウトまで一緒に全員が重い溜め息を吐いた。