いつも彼は自分よりも先に事務所に入った。
その黒くて、小さいくせして偉そうな足はもうない。
たった二人で、自分ではないものと帝都を守っていなくなった。
宇宙から帰る手立てなどないと分かっていて、仲魔に酷いことをすると知っていて口にした手段。
仲魔を代償にするだけでも胸が痛んだのに、まさか彼があんなことを言い出すとは思わなくて。
深川から一人で電車に乗って探偵事務所に帰ると、入り口で鳴海さんが待っていてくれた。
お帰りと笑って出迎えてくれたのに、たいした返事もできずにすぐ俯いてしまう。
助けを求めた先にあるのは自分の影法師だけだった。
きっと鳴海さんは気付いている。
それでも何も言わないのは鳴海さんの優しさであって、自分はそれに甘えている。
口を開けば謝罪しか出てこない気がして、ぎゅっと口内を噛む。
それは一体何に対する謝罪なのだ。
鳴海さんに続いて事務所に入るのが怖くて、足が止まった。
いつもは自分は彼の後に入っていたのに。
「――ライドウ」
鳴海さんは困ったように立っていた。
「鳴海さん」
どうして、どうしてあのとき何も言わずに行かせてしまったのか。
最終決定権が彼にあったとしても、あの姿が仮の姿であったのだとしても。
たとえ、今彼が無事でいるのだとしても。
無事だとしでも彼はもう自分の前に現れることはないのではないのかと、そう思われてしまって。
「鳴海さん、ゴウトが」
言うべきだった。言わなければいけない言葉があった。
「晴海に行こうか。お前達が守った帝都を眺めに行こう」
ただ頷くことしかできなかった頭に降ってきたのは、優しい言葉。
「お疲れさま」