『カークランド女子の不本意なルームメイト』サンプル



・現代一般人パロです
・アルフレッドが頭のネジが緩んだ感じのストーカーです
・アーサーが女体化しており、官能小説執筆を趣味としています
・性描写は我らがにょいぎちゃんが大変ちょろかったため、合意になります





 単身用のアパートに複数人が生活すると、法律に違反することになる、らしい。
 たとえば同棲がその違反に該当する。
 では、朝にはいなくて、夕方にはいて、場合によっては夜遅くまで居座っているあの男は違反に該当するのだろうか。
 常々疑問には思っているが、判明したところで自分ではなんらアクションも取れずに歯痒い状況に陥るだけだろうから調べはしない。
 多分、これからもずっとそうだ。

「……ただいま」

 ほんの一ヶ月前までは真っ暗でしかるべきだった自室には煌々と灯りが点っている。
 初めの内は憎悪の対象でしかなかったそれに溜め息をついてから、アーサーは本来ならば無人であるはずの屋内に帰宅を告げた。

「おかえりー」

 いい加減耳に馴染んできてしまった声を聞きながら、ビニール袋に包まれた本日の夕飯を台所に置き去りにする。
 まずは食事よりも堅苦しい上着を脱いでしまって、ルームウェアに着替えてしまう方が先決だ。
 以前なら服を着替えるのも面倒でスーツを脱いだ下着同然の姿で夕食を取ることもあったが、一人であったからこそできた芸当である。
 彼が己のポリシーに基づいた宣言に従ってアーサーに性的接触を行ってこない実績がいくら積み重なろうが、自らで無駄に隙を作るわけにはいかないのだ。

「お前、飯は?」
「今日は帰りが遅いって言ってたから先に食べちゃったんだぞ」

 ソファに座って本を片手にぱりぽりとスナックを齧っている男に尋ねれば、言外の要請を汲み取っていたらしい返答があった。
 何を考えているのか全く分からない男だが、そういうものは伝わるらしい。
 男の正常な部分を見つけてほっとした反面、無駄に買ってしまった弁当はどうしたものかなんて考える。
 いや、そもそも勝手に不法侵入してきている男のために夕食を調達してやる義理なんてどこにもないのだけれど。

「もしかして、用意してきてくれた?」

 彼が何を理由に看破したのかは皆目検討がつかないが、ずばり図星の指摘をされて息が詰まる。
 一瞬で彼の顔が輝いて、ついでにアーサーの顔の周りが熱くなる。

「ない、何にもねえよ! 面倒だから明日の朝食も買ってきただけだ!」
「ふうん、君の朝ご飯はいつも豆をぐっちゃぐっちゃに煮た奴とか、ベーコンとかとトーストかイングリッシュマフィンか、シリアルかだったと思うけど?」
「たまにはそういう気分の時だって――こ、こらそっち行くなよ!」

 言い訳を重ねようとする自分の脇を男がすり抜けていくのを止められるほど、アーサーの肝は据わっていなかった。
 たとえばこれがいけ好かない髭を生やした例の上司であったならばふん捕まえるどころかぶん殴っても止めているところだったが、今のアーサーには自分からこの男に指一本触れる勇気がない。

「そういう気分になったのが本当だったとしても、君が朝からこんなに食べられるわけないじゃないか」

 馬鹿だなあ、と。
 台所で見つけた袋から取り出したやたらこってりしたメニューで構成されたデリカテッセンの惣菜を見ながら男が笑う。

「いや、食べれるかもしれないだろ」
「そんなことないさ! だって、俺は君より君のことを知ってるからね!」

 そう言って満足そうに笑う男は、傍からすれば自身の恋人に見えるかもしれない。
 近所の大学に通っていて、時間を作って先に社会人になってしまった恋人の家を訪ねるまだ成人もしない学生。
 そういう構図に見えなくもない。
 もしそうだったらどれだけ良かっただろう。

「なんだかんだ言って俺みたいなのに優しくしてくれるんだもんね」
「……ただの機嫌取りだ」
「またそういうこと言う。君のことなんだから、全部知ってるよ。全部、ね」

 ――ああ、なんかその言い回し病的だな。
 そうは思うが決して口にはしない。
 いうまでもなくこの男、アルフレッド・Fジョーンズはどこかおかしいのだから。



 彼とこの部屋で出会ったのはほんの一ヶ月半ほど前の話である。
 どうやら結構な嵐が通過したらしい自宅にアーサーは早足で向かっていた。
 出勤までの準備が慌しくて、パソコンを消した記憶がない。
 どうやら一部で停電まであったらしいので、パソコンに致命的なダメージが与えられていないか心配だった。

 乾いていなかったアスファルトの水分を吸った靴底がアパートの床を擦るのを聞きながら、アーサーは自宅の玄関戸に鍵を差し入れる。
 戸を開けた瞬間の雰囲気に、僅かにではあるが違和を感じた。
 いつもであれば玄関口からのみ明かりを受け入れるはずの台所の向こう、すなわち自室の戸から明かりが差し込んでいる。
 一人暮らしを初めてすぐは時折消し忘れをしてしまっていたのだけれど、最近はめっきり少なくなっていた失敗だったというのに。
 決して貧乏をしているわけではないが、それでも電気代という言葉が頭を過ぎる。
 ああ、もったいない。

 かといって今更明かりを消してしまうこともできないのが精神衛生上よろしくないと溜め息を吐きながら、扉を開けたときだった。
 見覚えのない男がそこにいた。
 いや、後々考えれば電車で何度か出くわしたことがあったのだけれど、接触らしい接触は一度もなかったので見知らぬのレベルとそう変わらないだろう。
 団体で大学に向かっているらしい学生の一人だったから、少々の羨ましさ以上の感情を抱くことなどなかったのである。

 悲鳴の一つも上げられなかった。
 今となってはそれが良かったのか悪かったのかも分からない。
 とにかく、そのときは息を詰めて立ち尽くしていたら、パソコンの画面に釘付けになっていた男が振り返った。
 彼もまた驚愕の色を湛えていて、背の低いチェストの上にある時計に視線を投げたようだった。
 それから小さく舌打ちをされて背筋が強張る。

「ああ、気にしないで君に怒ってるわけじゃないんだ」

 場所が場所ならば肩の力を抜いてしまいそうな明るい声と発言だったが、生憎TPOが最悪過ぎる。

「け、けいさつ」

 緊張と恐怖から固まってしまいそうな舌を何とか動かして男を威嚇すると、途端に彼は困ったような顔をして見せた。

「ええと、それは困っちゃうな……」
「不法侵入してる奴が何言ってやがる!」

 子犬を髣髴とさせる表情で眉を寄せる彼を怒鳴りつけて、肩にかけたままだった鞄から携帯電話を引っ張り出す。
 通話まで持ち込んでしまえば男も無茶はできないだろう。

「パラダイス・ノベルズだっけ?」

 少しでも男と距離を置くために台所に逃げ込もうとした瞬間、耳を疑いたい言葉が鼓膜を揺らした。
 逃げ出す足が竦んで、ボタンを押そうとしていた指の力が抜けて携帯電話を落としそうになる。

 あの男は何をしていた? アーサーが帰宅するまでの間、パソコンの前で。

「ランキング常連の投稿官能小説書いてるなんて吃驚したな……それに、アダルトグッツも一杯持ってるよね?」

 がちり、と奥歯が音を立てる。
 彼が口にする全てが事実だった。

「もしも、警察に電話するならばらしちゃわないといけなくなっちゃうんだけど」

 怖い、この男が、心の底から恐ろしい。
 台所に通じる扉のドアノブを掴んだまま、足がぐずくずになってしまうのを止められない。
 ぺたんと座り込んでしまったときにめくれ上がってしまったスーツのスカートを何とか正すくらいしか、最早アーサーの気力は残ってはいなかった。

 男が座り込んでしまったアーサーに近寄ってくるが、喉は掠れてしまっていて悲鳴らしい悲鳴も出ない。
 いや、そもそも悲鳴など出せる状況ではなくなってしまった。
 この部屋には実家の住所が明記されたダンボールやアーサーの所属する会社の名前が分かる物が大量に転がっている。
 家族はもちろん、勤め先に自分の性癖が知られることを想像すると途端に内臓が悲鳴を上げた。
 それだけは、それだけはなんとして回避しなければならない。

「痴漢とか調教ものが多いよね。やっぱりそういうのされたいって願望があるの? それとも全くの別物?」

 アーサーの目の前にしゃがみこんで、自分よりか少し高い位置から声が落ちてくる。
 男の視線に射抜かれているのを感じると、直接頭の中が掻き回されているような感覚に陥った。
 ごちゃごちゃになった感情に頭の処理がついてこないのか、その成分が何であるかを判別する前に大粒の涙が溢れ出す。
 あ、と小さな声が先ほどと同じ位置から落ちてきた。

「ごめんね。泣かせるつもりはなかったんだ」

 そう言って、男がアーサーの頬に手の平を沿わせる。
 触れた瞬間にアーサーの肩が大仰に震えたのなんてお構いなしらしい。
 この男が何を言っているのか分からなかった。
 つい先ほどまでの発言は間違いなく悪役の、それもこれからレイプの一つでもしそうなものだったではないか。
 どうしてこの男はしょげ返った気配を全身から放っているのだろう。

「俺、君のことがもっと知りたかっただけなんだ」

 は、と震えた声が自分の声帯を震わせたのが分かった。
 分からない。
 何を言っているのはともかく、こいつの頭の中がさっぱり分からない。
 新しく溢れ出した涙は人間が全く理解できないものに出会ったときに流れるそれなのだろうと、もはや理解しようとすることを捨て去ってしまったらしい思考回路が述べていた。

「電車で君を見つけたときから、君のことが知りたかったんだ」
「……えと、それで、俺の家に?」

 彼の言葉の響きだけはまるで少女マンガのヒーローが口にする決め言葉のよう。
 とはいえ、きっかけに直接繋がっているはずの行動と結びつけると、途端にその異常性が発露する。

「うん。君がどんなところで生活して、何を食べて、どこで眠っているか、知りたかったから。君が生活しているところにいてるって思うと凄く嬉しいんだ」

 まさか、自分がストーカー被害にあっていただなんて。
 今までの生活を思い返しても、誰かの介入を感じたことなんてなかった。
 部屋の鍵が開けられたことも、届くはずの封筒がなくなったことも、ごみを漁られたことだって一度たりともなかった。
 夜道に後をつけられた記憶なんてものももちろんない。

「今だってどきどきしてる。君と同じ部屋にいるだなんて、信じられないよ、アーサー」

 俺だって信じられないし、信じたくない。
 悲痛な悲鳴は彼を刺激したくない一心で飲み込んだ。

「俺は君のことをもっと知りたいだけで、危害を加えるつもりは一切ないよ。だから、警察には連絡しないでほしいんだ」 「……本当に?」

 動機云々はともかくとして、軽々と犯罪行為に及んでしまっているこの男の言葉を信じていいのだろうか。
 状況を考えると信じざるを得ないのは百も承知だが、それでも躊躇してしまう。
 探るように見やった彼の瞳は何の迷いもない真っ直ぐなスカイブルーで、本格的に思考回路がおかしいことを伝えてくる。
 けれどだからこそ、この男の言葉が本心であることが痛いほど分かった。

「――分かった。通報はしないし、誰にも言わない」
「ありがとうアーサー!」

 ぱあっと明るくなった彼の表情に拍子抜けしたのを覚えている。
 それから彼は自らの名前を名乗り、さっさと帰宅してしまった。
 それから数日経っても彼の姿を見るということはなかった。
 けれど、この部屋を訪れているのは確実で、意識すればするほどないはずの視線に苛まれた。
 眠りが浅くなったことに気がついた朝に、アーサーは一つの覚悟をする。
 それが一ヶ月ほど前のこと。

 帰るまで待っていて。
 それだけを書いたメモを机の上に置いた。
 その日一日は自らの行いが正しかったのかどうかを考えるばかりで、どうやって仕事をしていたのかも覚えていない。
 藪蛇だったのではないのか、一日中自らを詰る声が頭の中をぐるぐると回っていたのだけは確かだ。
 しかし、このままでは鬱病一直線だと帰宅すれば、どこか緊張した風の男、アルフレッドが部屋の主の帰りを待ち侘びていたらしかった。
 一度も自分では使ったことのなかった呼び鈴を押せば、忙しない足音が聞こえてくる。
 押し開かれた扉の勢いに息を飲んで、それから吐き出すことができなかったのはあんまりにも彼の声が明るかったからだ。
 警察に通報されれば捕まってしまうのが分かっているはずなのに、彼の中の罪の意識は極々薄い。
 犯罪が罪悪であることすら理解していないのかもしれない。
 その後の記憶としては、緊張やら何やらで胃の中身が逆流したがっていたのだけがやたら鮮明に残っている。
 言い換えれば詳細な会話は綺麗さっぱり忘れてしまったわけだが、ただ、一つ約束を取り付けたことは確かだ。

 部屋に来た日は、アーサーが帰ってくるまで決して帰らないこと。
 急用が発生した場合はその旨を書置きすること、とも付け加えた。
 帰宅するところさえ見れば、部屋に彼が潜んでいる妄想に取り付かれずにすむはずなのだ。

 その予想は正しかったようで、その日から突然後ろを振り返って部屋の様子を窺いたくなるような欲求に駆られることはなくなった。
 その代わり、ストーカーと一緒に食卓を囲む羽目になったが、ポジションさえ考慮しなければ彼はまともな人間のように思えた。
 この世に障害など何もないとでも思っているらしい振舞いや物言いに全く反感を持たないというと嘘になるし、当然言い合いになったこともあった。
 憤慨されたときは、彼の持つ最大のカードを突きつけられるかと思って身構えたが、どうやら本当に脅すつもりはないらしい。

 落ち着いた後にアーサーの言動をメモしているのを見てしまって、ぞっとしてしまった事実はその経験諸共忘れてしまいたい。

 そんな生活が続いた数日後、アルフレッドから自分がいても普段通りに生活してほしいという申し出があった。
 百パーセント再現できるとは思わないが、努力する方向性で返事をした。
 絶対だからね、と念を押してくる彼に対してこちらも努力だと念を押す羽目になったのが随分昔のようにも思える。
 それからまた数日経って、明日が休みだからといってなかなか帰ろうとしないアルフレッドに言い聞かせて、日付が変わる前には帰宅するように約束を取り付けた。
 なあなあで住み着かれたら困るからな、と告げたときにまるでそれを画策していたかの表情をしていたような気がするが、気のせいだったと信じたい。

 とかく、そういう日々を送って早一ヶ月である。





いかR18シーン抜粋

(私が)何を思ったのかひたすらにキスシーン

「キスしてもいい?」

 ベッドの上で抱きかかえられたままどうにかアルフレッドに気づいてもらえる程度に頷いて、それから小さく声を上げる。
 すでに唇を寄せていたアルフレッドは首を傾げて、アーサーの仕草に意識を寄せたようだった。

「その、俺、キスすげえ久しぶり、で」

 ぱちりと音がしてしまいそうなくらいに大仰にされた瞬きに、羞恥心を煽られて顔に血が集まった。
 その様子に気がついたのか、アルフレッドが表情を和らげる。

「じゃあ、セックスもご無沙汰?」
「いや、というか……」

 最後まで言えずに言葉を濁したが、意図自体は伝わったようである。
 大きく見開かれた瞳からそれを悟って、背筋に冷たいものが走った。

「ごめん、引いたよな……男とやったこともないのに―!」

 俯いた顔を無理やり上げられたかと思えば、柔らかい感触が唇に落ちてきた。
 触れるだけの口付けが続いて、やっと開放される。

「……それ以上言ったら許さないからね」

 アルフレッドの声は逃げ出したくなるくらいの苛立ちを含んでいたが、抱き寄せる腕の力は強くなる一方で逃げ出す隙もない。
 アーサーの瞳に怯えが走っているのに気がついたのか、鋭さを孕んでいた瞳が柔らかくなる。

「嬉しいんだよ。俺に君が初めてをくれるんだから」
「……もう処女膜ないし、初めてって言うのも違う気がするんだけどな」

 小恥ずかしいことを言ってくるアルフレッドから視線を逸らして胸元に顔を埋める。
 くすくすと笑い声が落ちてきて、頬を指先で撫でられた。

「その理屈で言えば、オナホール使う男は全員童貞卒業になっちゃうけど」
「……そりゃ駄目だ」

 そうだろ、と彼が笑いながら一度体を離し、アーサーをベッドに沈める。
 アルフレッドを見上げて、アーサーとは髪質の異なる髪が流れるのに魅入ってしまう。
 けれど、アルフレッドにはその髪が邪魔だったらしく、流れた髪は耳に挟まれた。

「アーサー」

 唇が触れるか触れないかぎりぎりの場所でアルフレッドはアーサーに呼びかけた。
 何を望まれているか判然としないまま、ノックをするように軽く唇が自らのそれに押し当てられる。
 それから彼の呼び掛けの意味を理解して、ゆるりと口を開いた。

「ん……」

 柔らかなそれが口内に侵入した分、空気が押しやられたかのように鼻先から声が漏れた。
 想像していたよりもずっと柔らかな感触に、性感というよりも心地よさを感じる。
 ゆるゆると舌を絡め合って、落ちてくる唾液をこくんと飲み込む。
 嚥下した際に動いた喉を確かめるようにアルフレッドが指を這わせるから、くすぐったくて体を逸らしてしまった。

「アル、こそばいって。そんなんじゃお前の舌噛んじまうぞ?」
「ちょっとくらいなら全然問題ないんだぞ」

 アーサーの忠言も無視して、アルフレッドは首に手を置いたまま口付けてくる。
 せめて彼を強く噛まないように気をつけていると、べろりと歯茎を舐め上げられた。

「ふ、ん……」

 首筋がそわりとそばだったのに合わせて、アルフレッドの指が這い回る。
 粒立った肌に触れるのが楽しいのか、膨らみを潰すように指が動いた。
 丁寧に歯を舐められている内に、口角に溜まっていたらしい唾液が頬を伝う。
 鼻が摘まれているわけでもないのに、鼻から空気が吸い込み辛くて次第にくらくらしてきてしまった。

「ふふ、アーサー、何で口呼吸してるんだい」
「煩いばか」

 はふ、とアルフレッドが唇を離した隙に息を吸い込むと、アルフレッドがふわふわ笑う。
 そのまま口付けられてしまうのだから、思考能力の低下は免れ得ない。
 ぼんやりしてくる意識の中に流れ込んでくる体温と快感の一歩手前の刺激を与えてくる柔らかさに夢中になる。

「ん、ん」

 ちゅうっと舌を吸われるのが少し痛い。
 でも、絡められた舌が舌の裏側にある太い血管を撫ぜると、痛みなど気にならなくなってしまう。
 心地良さから明確な性感へと、感覚がシフトしていくのが分かった。

 もう飲み込む気すら起きない体液が垂れていく頬をアルフレッドが拭ってくれる。
 その指先の温度の高さに口角が上がるのを押さえるのに必死だった。
 ずっとおざなりだった両手をアルフレッドの背中に回すと、引き寄せた分だけ重みが体にかかる。
 人の体温の宿った圧迫感が心地よくて、アルフレッドの背にかける力を強めた。

「っ、んぅ……」

 アルフレッドは引き寄せる力に抗わず、アーサーの顔の横に片肘を突いた。

 自由な方の手がアーサーの脇腹を撫でて行って、予測していなかった刺激に体が跳ねる。
 服の上で前後する指の感触はくすぐったくて、体を捻って彼の手から逃れたくなってしまう。

「だめだよ。逃げないで」
「だってくすぐったい」

 ぎゅうと体で押さえつけられて、ほんの少し息苦しさを感じる。
 小説であれば逃げようとするものを捕らえる征服者としてアルフレッドを描くところだが、大型犬が甘えてきているような感覚が強い。
 口にしてしまって憮然とした態度を取られるだろうからおくびにも出さない。

「じゃあもうちょっとしっかり触っていいかい?」
「ん」

 鼻先に唾液で濡れた唇を寄せてきたせいで、バードキスの後のそこがひんやりする。
 その冷たさが不快だったので自分の指先で拭い取れば、やっぱり触れるだけのキスが耳に落ちてくる。

「顔中舐めたくなるから、そういうのしないで」
「……今のは結構引いた」





アルフレッド君にデリカシーという概念はございません

「や、ぁ…ふあっ」
「……一人でするとき、声出した方が興奮した?」

 焦らすように入り口を撫で回していた指のグラインドが少しずつ大きくなる。
 死刑宣告のようなそれに焦燥感と期待とを混ぜこぜにした気持ちを抱えていたら、突然アルフレッドに問いかけられた。
 ムードもへったくれもない碌でもない質問だが、全く興が削がれないのだから自分もいい加減どうかしている。

「まあ……多少なりとも、というか、その通りです」

 誤魔化しても何の意味もなさそうなので、素直に肯定する。
 全く嬌声を意識していなかったが、言われて見れば通常運転だったように思える。
 その上、普段とは比べ物にならない刺激を感じ取っていたから、いつも以上の声だったかもしれない。

「そっか。普通は恥ずかしいって言って押さえたりするもんね」

 アルフレッドに悪意はないだろうということは百も承知だった。
 しかし、その言い回しはない。
 デリカシーがなさ過ぎる。
 性的関心が高いとはいえ、ビッチとか淫乱とか言われて喜ぶ人間でもないのだ。

「あれ、アーサー?」

 悔しくなって口を硬く結ぶと、返事もなにもないことに疑問を抱いたらしいアルフレッドが小首を傾げる。

「別に、俺は君がどれだけオナニーが好きで、そのためにどんな工夫をしてても引いたりしないよ。他の男はどうか知らないけど、そこは今問題じゃないだろう?」

 世の中にはアーサーの行為をはしたないと思う輩がいるというのはお互いの共通概念らしい。
 そうして、アルフレッドの言い分は正しいし、受け入れてくれているのも確かなのだろう。
 それは喜ばしいことと思うべきなのかもしれないが、自分の性癖を掘り返されるのは全く喜べない。
 そっとしておいてほしい。
 アーサーの全てを知りたがる男には無理な相談なのだろうけれど。

「っ!? んんぅ……」

 物言いたげな視線を向けられて居心地の悪さを感じていたら、急に甘美な衝撃が体を貫いた。
 何度もノックされていた入り口を漸く彼の指が押し開いたのだ。
 彼が家に来ていると知ってからそれどどころではなくて、随分ご無沙汰だったそこは侵入者をぎゅうぎゅうと締め付ける。
 追い出したいのか引き止めたいのかは本人にも分からない。

「ふ、ん……っ、んふっ」

 ゆっくりと押し開かれて、同じくらい時間を掛けて指が襞を擦りながら出て行く。
 零れ出しそうになる声を抑えようと口元に手を当てて、何とか声の元を鼻から逃がした。
 同じ動きを繰り返されるたびに、視界が涙でぼやけていく。
 男の人の骨ばった大きな指だ。
 一本のはずのそれは、自分の物では考えられないような奥まで弄り、アーサーの腰を痺れさせていく。
 クリトリスを刺激されたときの刺すような官能ではなく、人を駄目にするような甘さがアーサーを支配していっていた。

「ん―、ふ…んく……」

 目一杯まで差し入れて抜くを繰り替えてしていた指が、比較的浅い場所を探る動きへ変化した。
 天井側を隈なく触れていく指先が目指すのは、間違いなくGスポットと呼ばれる場所であろう。
 見つけてほしくないような、探り当ててほしいような相反する心がアーサーに生まれた。

「ふふ、そうやって逃げちゃうと、どこが気持ちいいかすぐ分かっちゃうな」
「しらね……っあ!? んん!」

 怪しい所に指を掠めると、腰が逃げてしまうのを看破したのだろう。
 ぼうっとしながら返事をしたところを狙われたのかまでは定かではないが、アルフレッドが的確にアーサーの弱い所を撫で上げた。
 一瞬上げてしまった声はしかし、口を両手で押さえ込んだことですぐに鈍くなる。
 何度も水音を響かせながらざらざらとした場所を撫でられる度に、大声で喚きたくなる気持ちが膨らんでいく。
 きゅう、と内壁が彼の指を締め上げて、熱い感覚を伝えてきた。

「んっ、あ…それ、だめ!」

 つぷんと音を立てて引き抜かれた指の代わりに、彼の顔がそこに近づいて悲鳴交じりの拒否が喉を突いた。
 彼の頭を押さえようとする手が粘ついた体液の絡んだ手で押さえられ、次の瞬間唇が膣口に触れた。

「あ、あ〜〜っ! や、ぁあ……っひ、ひゃん!」

 にゅるりと指よりもずっと不確かな感触の舌が胎内に侵入してきて、痛いくらいに体が仰け反った。
 両手は既に捕らえられていて、溢れ出す快楽の証拠を隠す手段など何一つ与えられていない。
 馬鹿みたいに嬌声を上げて、それでも抑え切れない衝動が涙になって溢れ出す。
 途中で手を離されたけれど、最早口元にまで動かすことも叶わずにアルフレッドの頭を押さえる。
 更なる刺激を求めるような仕草に応えたつもりなのか、ぷっくりと膨らんだ芽を親指の腹で潰される。
 攣りそうなくらいに足に力が籠るのが怖い。
 神経を焼いてしまいそうな鋭い痺れが、熱を広げながら体を支配する膣からの快楽を増幅させた。

「や、だめ、うあ……あ、ふ…え、だめぇっ……」

 ぬぷぬぷと舌が前後するたびに、首を振りながら駄目だと泣きの入った声を上げる。
 足が彼の肩口から背中を抱え込んでしまっているのには気づいていたが、どうすれば思いのままに足が動かせるのかも分からない。