多分答えは返ってこないだろう、と何となく悟った。
元々自分の発言は相手の返答を求めるものでもなかったし、何よりもギュッと目を閉じる直斗にこれ以上何かができるようには思えない。
そもそもこれ以上精神的に無理をさせたくなかった。
「動くぞ」
「うぁ……ぁ…ん……く、っん……!」
返事を待たないでゆっくりと腰を動かし始める。
ふるりと直斗が体を震わせて、行き場のない手をさ迷わせた。
「背中に回せばいいから」
耳元で告げると直斗が首を振った。
さっきみたいに爪を立ててしまうから嫌だ、と上ずる呼吸で途切れ途切れに主張する。
「あ、先輩!」
直斗の意向を無視して手引けば、直斗が慌てて制止を掛ける。
「俺も幸せの痛みがほしいんだ」
始めは合点のいかない表情をしていた直斗だったが、すぐに思い当たったらしく拗ねた表情になる。
「人の言葉を利用しないでくださいよ」
「だって事実だ」
反論される前に口を塞いでしまって、緩く開いた唇を割る。
熱い口内の奥で縮こまった舌をからかいながら、引いていた腰を進めると直斗が小さく喉を鳴らした。
「――は、ぁんっ……んぅ…」
躊躇いがちに背中に手が伸ばされてから、唇を解放すると甘えた嬌声が上がった。
額に付いた髪を指で退けると、直斗がやけに光を反射する瞳を向けてくる。
「痛くないか?」
「それだけじゃありませんから、大丈夫、です」
暗に気持ちが良い、と口走って、直斗が体を支えている腕に頬を寄せた。
しっとりと濡れた頬の感触が腕に心地良く、誘われるようにこめかみに唇を落とす。
耳元に顔を埋めて耳たぶを食むと、直斗が体を跳ねさせて微かに鳴いた。
「直斗、痛くなったりしたらちゃんと言うんだぞ」
今現在も痛みはあるようなので語弊があるように思えるが、他のうまい言葉が見つからない。
その上申告したところでこっちが止まれるかというと、絶対無理なのだが。
直斗もそれくらい察するのはお手の物というふうに、目を細めて笑った。
「んんっ……あ、ん…ぅ……えい、いちろう、さん」
動けば当然ぞくりと寒気に似た快感が背を撫ぜた。
派手に弾んだ腰を頬が触れていない手で覆うと、上ずり切った声で名前を呼んでくる。
名前を呼んでほしいと乞われているようで、堪らない気持ちになった。
腰に溜まる重だるく、甘いそれとは全く違う感覚に胸が焼ける。
「直斗、なお、好きだ」
「あっ…ゃ……ん、僕も好き、です……ッ!」
言葉の端が急に緊張して、声でない悲鳴が上がった。
痛かったのかいまいちよく分からない反応で、そろりとその辺りを撫でるように刺激する。
直斗は堅く口を紡ぎ、目まで瞑ってしまった。
ぎゅっと閉じた瞼の震えから、何となくではあるが苦痛からの緊張でないのが分かった。
「ここ、さっき触ってた所だな」
一点を掠めた途端、直斗が喉の奥で鳴いた。
耳元で告げてやると、肩を竦めながらもこちらを窺ってくる。
視線が合った瞬間に射竦められたように瞳が揺れたのは、自分がそれ相応の目をしていたからなのだろう。
「あ…やぁっ! ゃ、ぁあああっ……うそ…きゃっ……!」
強くそこを突いてやると、直斗が背を逸らせて困惑の声を上げた。
腰が引き気味になるのを押さえ込んで尚も突き込めば、弱々しく頭を振る。
自分の想像以上の甘い刺激に狼狽えているのは直斗の思考だけらしく、壁は締め付けを強めるばかりか奥へ奥へと誘ってくる。
「……っ、気持ち良い、か?」
「っ、あ…そんな、分かりませっ…ひっ!」
瞼の縁からぼろぼろと涙が零れていた。
恐らく、まだ快楽を知って間もない体には大きすぎる刺激を処理しきれていないのだろう。
もしかしたら、今の彼女にとっては苦痛なだけかもしれない。
けれど、甘さのなくなりきらない声も、彼女の中も自分を駆り立てるばかりで。
「なお、気持ち良いって言ってごらん?」
虚を突かれたらしく目を丸め、直斗が大きく首を振る。
恥ずかしい行為だろうから、拒否されても当然かもしれないが。
「じゃあ思うだけで良いから。きっと楽になる」
精神上の問題もなくはないようだから、そっちは心の持ちようでなんとかなるのではないだろうか、との虫の良い考えではある。
けれど直斗は半ば諦念したように目を閉じ、ぎゅっと眉間に力を込めた。
「ふっ……ん…っあ…は……」
突き上げる動きから、細かく揺するような刺激に変えた。
嬌声が切れ切れに零れる唇に親指を滑らせると、睫まで濡れた瞳がぼんやりと開かれる。
親指を軽く曲げ唇を押しながら、直斗の瞳を覗き込んだ。
「ん……」
視線を逸らされた時は失策かと思ったが、伏せられた眼差しのまま親指の先を直斗がしっとりと濡らす。
背中に回されていた腕が取り払われて、代わりにそっと舐めていた手を覆った。
その手を引き寄せられ、やんわりと口付けられる。
うっとりとした表情で手の甲に頬を付け甘えられた瞬間、さっきから切れまくっている理性の糸が断末魔を上げた気がした。
修復不可だったらどうしよう。
「んんっ、ゃ……せんぱい?」
動きやすいように覆いかぶさっていた状態から、少し上体を起こす。
急に離れたのが不安なのか、直斗の両手に力が籠もった。
「ごめん、もうゆっくりできそうにない」
今までも相当だったけれど、口にした言葉の掠れようったらなかった。
多分今、さっきよりも酷い目をしているんだろうとは思う。
直斗の瞳に脅えの他に期待も入り交じっているように見えるのは、自分の欲望のなせる技なのか。
「先輩なら、英一郎さんになら」
緊張のためか同じように掠れてしまった声音が耳を擽る。
全てを聞き終わる前に、直斗の腰を引き寄せながら自らの腰を押し進めた。
「っぁあ…んんっ! ひゃっ……あ、ゃ……!」
直斗の足が暴れて、最近干し損ねがちな布団が大きく音を立てる。
その足すらも押さえ込んで自分の支配下においてしまいたくなるが、幸い手が足りなかった。
震える手でこちらの手に爪を立てる些細な痛みでは、やはり甘美な締め付けをごまかすことなどできない。
大切にしたいとか思っていたのに、たがが外れてしまった男などこんなものなのか。
「やぁっ……ふぁ…え、ちろ、さ……んぅっ」
吐き出す息も何もかも奪い取ってしまいたくて、緩んだ口元を強引に塞ぐ。
一回り小さい直斗の手の外にある指で、耳元を掠めるように擽った。
「ふ…ぅ……んんっ、んくっ……んっ!」
発作のそれに近い、浅い勢いのある呼吸が鼓膜を撫でる。
もう鼻から息を吸うのも難しいらしく、唇を僅かに放す間に弾んだ呼吸をどうにか深くしていた。
酸欠が促しているのか、ひたりと吸い付いてくる壁に意識が白ばみそうになる。
「はっ……ぅあっ…あっ、も、や……!」
耳に指を入れて、代わりに唇を解放してやる。
どちらのものかさっぱり分からないくらいに混ざりあった唾液が直斗の唇を汚していて、酷く綺麗だった。
耳をなぞると、直斗がふるふると震えて限界を訴える。
背を逸らすこともなくただただ体を堅くして布団に沈んでいるのは、恐らく快感の逃し方が分からないからなのだろう。
緊張、からなのだろうか。
「ん……直斗、好きだ。愛してる」
「ひ……ゃん! あ、ゃぁあっ……」
これ以上ないシンプルな囁きを落として、潜れるだけ深くに腰を落とす。
技巧なんて糞くらえ、とでもいっているような動きだった。
直斗が高い悲鳴を上げて、手の甲に鈍い痛みを走らせた。
同時に首だけを逸らせ、誘われるように火照った首筋に顔を押し付ける。
愛撫も何もしないのに、それだけで直斗が大きく震えて喘いだ。
「っ! ゃ、ぁあああ!」
きっと達したのだろう、痛いほどに締め付けられた。
そう思った瞬間、堪えるという意識がいく前に全てが塗りつぶされる。
コンドーム越しとはいえ新たに刺激が与えられて、直斗が覚束無い吐息を零した。
自分の息が荒いのに今更気づいて何となく笑ってしまう。
驚くくらいに必死で、浅ましかった。
きっとこれも恋という奴の仕業なのだろう。
「えいいちろうさん」
少し上からまだ熱の残る声音で呼びかけられる。
「うん」
直斗の唇を軽く啄んで、優しい女の子の体を抱きとめる。
熱くて重い溜息が耳をこそばした。
英一郎さん、と直斗が確認のように呼んで、また短く答える。
細い腕が背中に回った感触に思わず目を細めて、とりあえずは後始末等々を頭の隅に追いやり、両腕に柔らかく力を込めた。