「あっ……ぅんんっ…は、せんぱいっ……!」
額に優しく口付けてから嬉しいありがとうと囁くのを待って、理性は理性たる仕事を一時放棄した。
2本に増えた指は丹念に狭い壁をなぞり、確実に直斗の思考ごととろとろに溶かしていく。
さっきまではどうにか瞼の内に止めていた涙が耐え切れずに溢れて、真っ赤な頬を濡らした。
「ひぁっ! やっ、だめ……そこだめ、ですっ…ああっ!」
駄目じゃないだろうとか下手な言葉責めをする前に、彼女を震わせた辺りを刺激し直す。
少しざらりとしたそこに触れると、直斗が背を逸らして悲鳴じみた嬌声を上げた。
「……残念」
心底、という様子を装って、音を立てて2本の指を引き抜いた。
外気が濡れた指に触れてひんやりと冷たい。
「あ……せ、せんぱい」
拒否をそのまま受け入れられるとは思っていなかったようで、当惑した声音で呼ばれた。
本当は慣らしきるまでに達することがないようにというのが理由なのだが、どうも苛めてしまいたくなる。
「名前、呼んでくれないか?」
「英一郎、さん?」
どうして疑問形なのかと思わないでもないが、とろりとした瞳に見上げられるとどうでも良くなってくる。
ああ、と返事をすれば、褒められた子供のようにはにかんだ笑みを浮かべた。
「んぅ…んんっ」
三本に増やして指を沈めると、少し辛そうに眉を顰めた。
「痛いか?」
「痛くはないです。ああ、圧迫感、が少し」
状態を形容する言葉を探すためか、切れ切れに直斗が口を開いた。
字面だけ見ると普段とそう変わらないように思えるところが凄い。
けれど、火照った頬や快楽に細められた瞳は今の状況に相応しいもので、あまりの落差にこっちまで目眩を起こしそうになる。
「は……ぁ…ゃあっ……んっ…ふ」
指先の動きを広げるそれに変えて、ゆっくりと直斗の中を慣らしていく。
どれだけ慣らしたところで苦痛は避けられないだろうが、少しでも負担を減らしてやりたい。
ああ、そういえば、と思う。
そういえば、処女の女の子を抱くなんて初めてのことだ。
初めて付き合った子は何となく付き合っただけで、その態度が悲しいと別れを告げられてしまった。
当時は良く知らない子に突然告白されて、良く分からない内に泣かれてこっちまで無性に傷ついた。
彼女だけでなく、自分もまた人の上辺しか見られなかった頃の話。
二人目は今は亡き諸岡先生に知られれば腐ったミカン扱いされるだろうくらいには爛れた関係だった。
良くいえば遊び友達の延長、悪くいえば単なる体目的。
そこそこに遊んでもいたし、そこまでいってしまうのもどうかとは思うのだが、そこにあったのは恋ではなかった。
さっさと次の男を探すわね、と寂しそうに笑った彼女に愛情がなかったというと嘘になるが。
「ん――英一、郎さん……?」
直斗が疑問の声を上げた瞬間、血が上りきっていた頭から一瞬にして血が引いた。
最低だ。人を抱きながら過去の女を思い出すなんて、最低以外の言葉が見つからない。
「何か、気になることでも?」
気遣うべき可愛い人に反対に気を揉まれて、後ろめたさに情けなさが加わった。
艶めいた唇を浅く啄んで、零れる吐息と供にあれやこれやも飲み込んでしまう。
「ちょっと感慨に耽ってただけだ」
少なくとも今言うことではないだろう。
けれど、とても伝えたくもある。
直斗は三人目だけれど、初めての恋人なのだと。
どう言えば傷つけずに伝えられるだろう。彼女は以前の二人をどう思うのだろう。
「また臆面もなくそういうことを……」
呆れと照れが入り交じった表情で直斗が目を伏せる。
その瞼に口付けて、指先をばらばらに動かした。
「直斗しか聞いてないから構わないだろ」
「っあ……あ、ぅんっ! し、しりませ…やぁ……っ!」
びくりと腰が跳ねて、直斗の体が上に逃げ出そうとした。
どうやら弱い場所に指が当たったらしく、溢れた涙が頬を伝う。
「やっ、っぁあ……あぅ…あ、く、んっ!」
涙の跡を吸い上げて、先程触れたであろう場所を回し撫でる。
首の後ろに手を差し入れると、習うように直斗が腕を回してきた。
縋るように立てられる爪をシャツ越しに感じながら、服ぐらい脱いでおくべきだったと後悔する。
「ひぁっ、んんんっ! ふぁ……も、もう、ぼくっ……あ、あっ……!」
せんぱい、と上ずる声で呼ばれて、ぼろぼろと零れ出した涙で濡れた顔が肩口に押し付けられた。
もうだめ、こわい、とくぐもった声音が響く。
「大丈夫だ、直斗」
ざらりとした感触のあった場所を深く指を曲げて二カ所を同時に刺激してやると、背中が反って直斗の体がぴったりとくっついてくる。
本当にシャツ越しなのが悔やまれるくらいに体が熱い。
「せんぱ、せんぱいっ…ぁああっ! 駄目、だめっ……や、ぁ――!」
最後の甘い悲鳴は掠れて小さかったが、何よりも指先に絡む壁の強さが彼女が達したことを伝えてきた。
指が抜かれたのを合図にしたように、ふるりと震えてから直斗の全身の力が抜ける。
くたりと布団に沈んだ体にもっと深く触れたくて、自分のシャツに手をかけた。
ばさりと音を立ててシャツを脱ぎ捨てると、直斗が声を潜めて小さく笑う。
「だって、先輩が凄くがっついてるから」
いまだとろりとぼやけている瞳を覗き込んで問いかければ、息は上がってはいるもののやけに楽しそうな声が返ってきた。
「当然だろ」
直斗が欲しい。
めちゃくちゃにしてしまいたいと願う欲求をどれだけ抑えつけてきて、今も抑えているというのか。
「それが……わたしにはその、嬉しくて。どうしようもなく嫌いだった自分の体の女の部分が、先輩といると段々嫌悪感がなくなっていくんです。女に生まれて良かったって思える」
直斗の口からわたし、と発音されて、思わず唾液を飲み込む。
馬鹿みたいに喉が乾いていた。
さっきから煽られっぱなしで、文字通り齧り付きたくなる。
「先輩と出会えて良かった。そうでなければ、今もずっと自分が大嫌いなままでした」
膝立ちになっている自分の首に体を起こした直斗がぎゅっとしがみつく。
布越しではない直斗の肌は滑らかで、とても熱かった。
「すき、好きです。英一郎さん」
耳元で擽るように囁かれて、頬が熱くなるのを感じた。
こういうところを恋人に見られるのが恥ずかしく思えて、背中だけではなく直斗の頭も抱き抱える。
常々赤面しながら帽子で顔を隠そうとするのはこういうことなのかと、今更ながらに気がついた。
「俺も好きだ」
「先輩、体熱いですね。……僕もこんなに熱いんですか?」
「ああ、熱い」
本当にどちらがどれだけ熱いか分からないくらいに熱い。
項に舌を這わせると、直斗の香りが鼻孔を満たした。
「んっ…先輩」
「続き、しようか」
ほんの少しだけ間があって、直斗がおずおずと頷いた。
恥ずかしいだけでも不安なだけでもなく、怖いのだろう。
どれだけ男女間のそういうことの知識に疎かったとしても、破瓜の痛みの話くらいは知っているはずだ。
再び布団に寝かせてやると、勉強机の引き出しにしまってあった小さな袋を取り出す。
袋を脇に置いて、ズボンとトランクスを脱ぎ散らかした。
ジェルが付いているタイプの袋を切ってから、ゴムに傷をつけないように丁重に取り出す。
「気になる?」
「ええ!? あ、それは……興味、じゃない、えと、その」
ぼうっとした表情で自己主張するそれを視界に入れていた直斗が急にわたわたと両手を動かす。
ともすれば触って貰えないかと期待したが、ちょっと無理そうな塩梅だった。
ああ、でもこれはこれで、分かりやすい可愛らしさというか。
「どうやってそれを付けるのか気になってしまって」
「じゃあ、見てて」
それ、とは十中八九コンドームのことだろう。
自分も始めは被せるだけだと思いつつも、それだけでは漏れないかと心配した質である。
元々好奇心の強い子だから、似たような疑問は抱えていたのかもしれない。
最初に皮を完全に下まで下ろしてしまって、位置が上がってこないように指で押える。
コンドームを先端に被せてから、丸まった部分をくるくる回して下に下ろして装着していく。
最後は皮のあまって分厚くなった部分をゴムを少し伸ばして覆い、下まで被せきってできあがり。
分厚い部分が防波堤の役目を負うわけだ。
「成程、そうやって付けるんですね。何だか可愛いです」
「そんなもんかな」
実際に背を丸めて股間の辺りを弄っている男なんて想像してみても、全くもって可愛いはずもなく。
けれど、その辺りは女性と男性との間隔の違いという奴なのかもしれない。
覆い被さってキスをすると、直斗がしがみついてくる。
ぎゅっとしてください、と請われ、直斗をしっかりと抱き締めながらも不安が一つ。
「重くないか?」
「大丈夫です」
幸せの重さですね、と直斗が笑う。
体温が、声が、香りが。
直斗の全てに煽られているような気がして、そっと腰を落した。
くち、と濡れた音がして、途端に直斗の体が緊張する。
「なお、深呼吸」
「あ、はい」
言われるままに何度か深呼吸を繰り返す内に、籠もった力が緩んでくる。
いい加減入れたいと思うのだが、いまいちタイミングが分からない。
いつ入れようが彼女が苦しまないことはないというのが辛い。
「先輩、もう大丈夫ですから」
首を無理に逸らせて、大体想像できる直斗の表情を窺う。
予想通りの無理から作られる笑顔にもう一度口付けると、片手を直斗から外す。
視界のない今、さすがに誘導くらいなければうまく入れられないだろう。
「入れるぞ」
ひたりとその場所に当てて宣告をする。
せめて返事くらい待たなければならないと、はやる気持ちを押えて深く息を吸った。
「どうぞ……は、ぁ…っ!」
ゆっくりと、と何度も頭の中で繰り返しながら腰を進めていった。
しかし、半年以上女性と縁のなかった体には大分凶悪な刺激に、理性的な制止が吹っ飛びそうになる。
ぎちぎちと締め付けられて、感じるのは多少の痛みと。
ふつり、と何かが切れるような感覚があった気がしたが、実際に処女膜が切れる音がするのかどうかしらないので定かではない。
「――いっ、え、いちろ、さん」
「なお、なおと……」
直斗に背中を引っ掻かれても真面に痛みだと認識できなくて妙に腹立たしい。
この子は今、間違いなく苦しんでいるのに。
直斗の頭を撫でてやって、必死に深く息を吸おうとする彼女の呼吸音を聞く。
呼吸が 落ち着いてきたら少し奥に進めて、また待つのを繰り返した。
いっそのこと一気にしてしまった方が気が楽なのではないかとも思わなくもないが、それこそ欲求に身を任せた気の迷いに違いない。
「……っ、う…ん……は」
「全部、入ったけど、大丈夫か……?」
「少し、待ってもらえ、ますか」
どっちも切羽詰まっているらしく、途切れ途切れの会話になる。
まずい、入れているだけで気持ち良くてしかたがない。
黙って待っているなんて不可能ではないだろうかと内心戦々恐々としていると、直斗がいまだ荒い呼吸を繰り返す唇を開いた。
「ねえ、先輩。先輩は子供の頃注射するときに泣きましたか?」
するりと腕が抜けて、直斗の頭が布団に戻る。
目尻まで赤くなってしまっているが、涙は多く流さなかったらしく縁を輝かせているだけだった。
「ん? ああ、確か、泣かなかったけど、前の子が大泣きしたのが伝播してソファにしがみついたことならあるな」
「僕もそうなんですけど、一度注意事項を説明しながらゆっくり薬液を入れられて、どうして僕は今返事しているのかと思ったことがあったのを思い出しました。今、そんな感じです」
今は話さなくちゃいけないじゃなくて、話したいんですけどね、と口にして、俄に目がしっかりと開かれる。
「わざわざ言わなくて良いですからね」
というより言うな、という気配を漂わせて直斗が釘を刺す。
うん、まあ、お医者さんごっこですよね、と胸中のみで返事をする中、どうしてもごっこの様子を想像してしまった。
あまりの馬鹿馬鹿しさに肩が震え、直斗の肩口に頭を落す。
「ちょっと先輩! もう、何でこんなこと言っちゃったかな……」
失態だと直斗が溜息を吐いて、首を傾けて頬を頭に付けてきた。
顔を上げれば、少し拗ねた表情の直斗と目が合う。
「ん……ふ、んぅ……んっ!」
体勢を直して深く口付ければ、刺激に反応してか元々狭い場所が余計に締まった。
そこからも快感を拾ったらしい直斗が籠もっていながらも高い声を上げる。
「そろそろいけそうだな」
びくり、と直斗の肩が震える。
もしかしたらやけに饒舌だったのも、意図せずともこの時がくるまでを長引かせるためだったのかもしれない。
つい最近やっと己の中の女性を受け入れられるようになった彼女にとって、今自分を受け入れているだけでも一杯一杯だろうに。
けれど、もう引き下がれない。
それは自分にも直斗にも分かっていることだった。