多忙の恋 3



 直斗は面白いくらいに緊張していた。
 ここまで他者に体を開くだなんて、恐らく初めての行為なのだろう。
 顔を真っ赤にして、それでも唇を舐めれば口元を緩めてくれる。
 必死に自分を受け入れようとしてくれる恋人の姿は随分と扇情的だった。


「ん、ふ……っん」


 先程のような丁寧なキスに加えて、首筋やら耳元やらに指先を滑らせる。
 耳に指を入れてこそばすと、びくりと肩が震えた。


「んんっ、は…ぁっ……」


 息苦しくなってきたらしい直斗の唇を解放して、耳たぶに舌を這わせた。
 小さく声を漏らしながらも、顔を傾けてくれるのがいじらしい。
 ご好意に甘えて耳に舌を差し入れると、撫で上げた首筋に鳥肌が立った。

 首筋から鎖骨へと唇を伝わせて、白い肌を味わう。
 以前彼女が望んだそれとは全く違うであろうすべらかな肌。
 男性なら派手に出ているだろう喉仏があるはずの場所を軽く食みながら、彼女が女性であったことに感謝する。
 男性だったならどうだったのかと考えるのも興味がないでもないが、今はどうでもいい話だ。


「目、開けて」


 ちらりと表情を窺えば、直斗は必死に瞼を閉じている。
 乞うてみても首を左右に振って、余計に瞼に力が入るばかりだった。


「直斗」


 少しつまらないと思うのは贅沢だろうか。
 再度促して目許に口づけると、おずおずと直斗が目を開けた。


「見ていなければ駄目ですか? あの、凄く恥ずかしいんです」


「ちゃんと見なくてもいいけど、目は開けておいて。俺の方が見たいんだ」


 既に涙の気配を覗かせている瞳を覗き込んで伝えると、どうにかというふうに直斗が頷いた。
 ありがとう、と囁いてもう一度瞼に口づける。
 一旦瞼は落とされたけれど、すぐ震えるように睫が持ち上がった。


「ん、先輩……」


 ふっくらとした胸に手を添えると、不安そうに直斗が呼びかけてきた。
 大丈夫だと、本当は何が大丈夫なのか分からないままに告げる。
 直斗もそれを察したのか、少し頬を緩めた。

 掌にちょうど収まる胸は世にいう巨乳というものでは決してない。
 けれど、予想外のサイズであるのには間違いなく、カップで計算するならBは下らないだろう。
 詳しくは知らないけれど、カップサイズというのは胸の大きさだけが問題なのではないと聞いたことがある。


 それはともかく、ナベシャツとやらでずっと潰していたとは思えないほど綺麗な形をしている。
 お椀型というやつだと思いながら揉み上げると、直斗が少し目を細めた。
 親指と人差し指でまだ柔らかい頂点を挟んで撫でて、全体を性急にならないように戒めながら暖めていく。


「――っ、ん……」


 自己主張しだしたしこりを軽く噛んで舐め上げると、直斗が小さく声を上げる。
 酩酊したような響きが混ざる声音に誘われて顔を上げれば、頬を上気させて己の胸元に魅入る視線と合致した。
 即座に我に返ってしまったらしく、瞳を揺らして視線を逸らされてしまう。


「直斗、気持ちいいか?」


 質問されるとは思っていなかったらしく、吃る言葉しか返ってこない。


「やっ…あの先輩、ちょっと待って!」


 言葉の途中に頂点を吸い上げたり、指の腹で潰したりしていると、切羽詰まった制止がかけられる。
 どうやら考え中だったらしく、手を止めると少々場違いなくらいに真剣な表情になった。


「気持ちいいというのは良く分からないんですが、凄くどきどきしますね。鼓動がどうというのとはまた違うみたいですが、でも」


 でも、と言った後、急に直斗が口を噤んだ。
 今の今まですらすらと感想を述べていたのが嘘のように火照った頬に似つかわしい表情へと変化する。


「でも?」


「でも……嫌いじゃないです」


 促されて、視線を斜め下に伏せて消え入りそうな声で直斗が答えた。
 そんなことを言われてしまうと、お答えしたくなってしまう。
 少し汗ばんできた肌を舐めて、脇腹へも指を運ぶ。
 緩んだ口元から深くて熱っぽい吐息が零れるのがやけに大きく聞こえる。
 谷間に一度口づけてから、熱を帯びて細められている瞳を見上げた。


「跡、付けていい?」


 我ながら狡い質問だと思う。
 けれど、恋人が自分から所有印ともいわれるキスマークを付けるのを許可してくれる、というシュチエーションはかなりくるものがあるのではなかろうか。
 少なくとも自分は本気で目の当たりにしたかった。


「先輩」


 2、3回直斗は瞬きをしてから探るように呼びかけてきた。


「先輩、さっき言ってくれましたよね? 僕は先輩のものだけど、先輩も僕のものだって。だから、僕も跡付けてみたいです」


 わあ、と内心で感嘆の声を上げた。わあ、堪んない。
 とりあえず前の言葉を了解として、滑らかな肌を吸い上げる。
 直斗が小さく喉を鳴らしたのを聞いてから音を立てて唇を離して、小さな赤い印が付いたのを確認するように撫ぜてやる。


「どこに付けたい?」


 首でも構わないと笑うと、そんな所には付けませんと語気を荒らげられた。
 別にこっちは人に見られても構わないのだけれど。


「じゃあ、あの、失礼します」


 肘を立てて上体を持ち上げた後、鎖骨の下のシャツで隠れるだろう辺りに直斗は頭を寄せた。
 少し間があってから、意を決したらしく肌に触れる。
 本人は吸い上げているつもりらしいが、遠慮もあるのかどうも跡が付いているようには思えない。


「……付きませんね」


 自分がしたのと同じように肌を触りながら、不満げに直斗が呟いた。
 やはり肌には跡らしい跡はついていない。
 頭を撫でると、不貞腐れた表情が少し緩んだ。


「また今度な」


 分かりました、と立てていた肘を戻して直斗が布団に背を付ける。
 脇腹から腰まで指を沿わせれば、擽ったそうに目を細めた。
 臍周りに触れると、その下を意識したのか僅かに緊張が走る。
 様子を窺おうと上げた視線が合わさった瞬間、直斗の瞳が頼りなく揺れた。


「あ、いえ、大丈夫ですから続けてください」


 どうにか生み出される笑顔も平静を装った声もただの虚勢でしかないのは一目瞭然だ。
 けれど、さっきから精一杯これからの行為を受け入れようとしてくれているその心持ちが嬉しくて堪らないどころか、そのまま欲望に直結しそうになる。

 それではいけないと思うのだが、段々己を律せられるか心配になってきた。
 というより、手遅れかもしれない。

 手の甲で下着の脇を通り、太股に触れる。


「――っん」


 下着の上から撫で上げたそこは既に熱を孕んでいて、非常に凶暴な欲求が首を擡げたのを嫌でも自覚せざるを得ない。
 初体験の直斗にとってはハード過ぎるだろうイメージを取り払って、早急にならないよう己に言い聞かせながら下着に手を掛ける。

 一瞬迷いはあったものの、そっと腰が浮かせられた。
 綿製のシンプルな下着を取り払うと、さすがにというか当然というかしっかりと足が閉じられてしまう。
 足首を掴んで引っ剥がしたり陥落させたりするのも手だけれど、本日の方法は。


「直斗」


 これ以上赤くなることはあるのかと思うくらいに真っ赤に頬を染めている恋人に名前を呼ぶだけで促す。
 先程から彼女の好意に付け込んでいる後ろめたさはあるが、見たいものは見たいのだ。

 言い付け通りに開けていた目がこちらを見た瞬間、弾かれたように顔を背けると共に閉じられた。
 ふるふると立てられた膝が震えている。
 深い深呼吸にも似た吐息が何度も繰り返された。

 恐る恐るというふうに薄目を開けて、直斗が自分の膝に目をやる。
 じりじりと開かれると思っていた足はしかし、呆気なくといっていいほどにあっさりと開けられた。


「恥ずかしいのは一緒ですから」


 視線を布団に戻して、直斗が口早に答えた。
 ならばゆっくりよりもさっさとしてしまった方がましということだろう。頷けなくもない。


「ぅ……んっ」


 物覚えが付いてから、恐らく自分以外に触れられたことがないだろうそこに指を這わせる。
 なるたけゆっくりと穏やかに事を進めているのもあってか、やはりまだしっかりと閉ざされている。
 熱を持っている場所を押さえてみると、幸い内側が濡れている感触はあるようだった。
 指を舐めてしっかりと濡らしてから、少々強引に指を押し入れる。


「あっ…せん、ぱい」


 予想通りにしっとりと湿ったそこから全体に湿りを広げていく。
 不安気に伸ばしてくる手を握り返してやると、表情が和らぐのが分かった。
 不安に陥れるのも自分だし、安心させてやれるのも自分だけ。
 そうなると妙にアンビヴァレンスな思いを抱いてしまうのだけれど。


「んぅっ……ぁ、やっ…」


 覆いを除けてしまって、まだ膨らみきっていない突起に触れた。
 握っていた手に力が込められて、自由な方の腕で目許が隠される。
 見たくないというよりも、表情を見られたくないのだろう。
 その腕を引きはがして表情を拝みたくもあるが、あまりにもご無体なので指先に集中することにした。


「ふっ…んっ……んん……っ!」


 中指でゆっくり擦ってやるとひくりと腰が跳ねた。
 堪らないとばかりに口が手で塞がれて、代わりに赤く潤んだ瞳が覗く。
 途端に腰が重くなるのを感じるが、鈍くなった声が大分残念だ。
 表情はともかく、声は譲れない。


「直斗、手」


 撫で回している指はそのままに、握り締めている手を直斗の顔の横まで上げて体重を肘で支える。
 耳元で行動を咎めると、小さく首を振ってぱさぱさと髪を鳴らした。


「駄目。退ける」


「あっ、やぁ…っん……せんぱ、ゃ…やっ……!」


 握られていた手を一旦解いて、口元から手を外させる。
 持ち上げられた直斗の手が体の奔流を押し止どめるかのように、強くこちらの手を捉える。
 自由な手で再び口を抑える余裕もないらしい。


「ひゃっ、んんっ…」


 耳を甘噛みして舐め上げてから、一度体勢を戻す。
 腕が下げされたのに気づいたのか、直斗が絡んだ指を解いた。
 中指を離すとふっくらと膨んで赤くなった芽が現れる。
 少し苛め過ぎたかもしれないと思いながら、指の位置を下にずらした。
 いくらか粘度の増した液体が指に絡む。


「は……ぅ」


 人差し指を差し入れて、痛みがなさそうなのを確認する。
 のろのろと入れられるだけ入れて、また同じくらいの時間を掛けて抜く。
 今すぐにでも2本3本と指を入れて掻き回したくなるが、一本だけでも狭く感じる内部がそれを止めさせた。


「先、輩」


「辛いか?」


 たとえ指一本だったとしても、何もないはずの場所に異物が入り込んでいるのだ。
 違和感があるに違いない。
 けれど直斗は弱々しく首を振った。


「そうじゃなくて、そんなにゆっくりしていただかなくても大丈夫ですから」


「でも」


 大切にしたい、と続ける前に、ああ違う、と泣きそうな声音が響いた。
 すみません、違うんです。


「さっきから、凄く触ってほしくて。気遣ってくれるのは嬉しいですが、焦れったく思ってしまって……」


 視線が合わさっているかいないかまで目を伏せた直斗は、熱に浮かされたように饒舌だった。


「正直、自分でも驚いているんです。こんなふうに誰かを好きになったり、些細な事で嫉妬してしまったりなんてことは一生縁のないものと思っていたのに」


 なんとなく場違いのような気がする告白に、心臓が鷲掴みにされる錯覚に陥る。
 何だ、一体何なんだこの可愛い生き物は。


「それに、あなたにぐちゃくちゃにしてほしいと、思うだなんて、今まで考えもできませんでした」


 少し詰まり気味になった言葉と、こっちの反応を見るために向けられたらしい潤んだ視線の破壊力ときたら。
 今までどうにか欲望を止めてきた理性の壁が崩壊する音が聞こえたような気がした。