後ろからしがみ付かれて、肺がちょっとした不満を上げる。
それでもふう、と吐息を吐き出すだけに留めて不平を口にしない。
それくらいには罪悪感を持っているのを背後の男は気づいているのだろうか。
「クリスマス……ニューイヤーズイブ……」
「悪かったって」
腹部に回されている手を軽く叩きながらアーサーが詫びるが、腕の力は強くなるばかりである。
アルフレッドが毎年どれだけ計画を組み立てて当日を待っていたかを知っている身からすると、締め上げる腕を批判できない。
楽しみにしてたのに、との呻きにアーサーは小さく同意をする。
アルフレッドばかりが期待していたわけではないのだ。
街に繰り出して夕食を食べて、他の恋人達となんら変わりなく聖夜や新しい年明けを祝いたかった。
とはいえ、年末特有の忙しさというのはままあることであるし、どれだけ調整を行っていても回避できない年だって当然ある。
それが今年に当たってしまったのだ。
土壇場で受けたキャンセルは彼にとって不服以外の何物でもなかっただろう。
仕方がないことではあるが、申し訳ない。
何よりアーサー自身も辛かった。
「今年のクリスマスとニューイヤーズイブは絶対一緒に過ごさないと許さないからね」
「んー、確約してやりたいんだけどなあ……」
アルフレッドがすん、とアーサーの肩口で鼻を啜って、額をぐりぐりと押し付けてくる。
その姿はテディを抱きしめてむずがる子供のようで、アーサーの胸中にむず痒いような衝動が湧き上がった。
このやたら図体が大きい男が子供じみた仕草をするたびに、粉砂糖とたっぷりとかけたチョコレートケーキの喉が焼けてしまいそうなくらいの勢いで甘やかしてやりたくなる。
けれど、こればっかりはその時にならないと分からないし、どうしようもないときはどうにもならないのだ。
安請け合いをしてしまって悲しませたくはない。
「な、埋め合わせさせてくれよ」
「……埋め合わせ?」
肩口に埋まったアルフレッドの頭に擦り寄れば、彼は僅かに動かしていた頭を止めた。
「そう、俺に何かしてほしいこととかないか? 多少の無理なら聞いてやるから」
それでアルフレッドの気が晴れるなら万々歳である。
拗ねている彼を見るのも悪くはないが、滞在中ずっと不貞腐れているのはよろしくない。
アルフレッド程積極的に表現するわけではないが、アーサーとて恋人とは穏やかで愛すべき時間を過ごしていたいのだ。
してほしいこと、と呟いて顔を上げたアルフレッドが視線をふわふわと漂わせる。
矢継ぎ早に出てくるかと思った言葉は、予想に反してなかなか喉を震わせなかった。
日頃から我慢をさせているのではないかと思っていたものだから、その沈黙が少し嬉しい。
「あ、思い付いたか?」
「――いや、いやこれは違うんだぞ! なしなし!」
泳ぎ続けていたアルフレッドの視線が固まった瞬間に促してやれば、瞬時に頬を赤らめたアルフレッドがようやっとアーサーの腰から手を離した。
どうやら何かしら思い付いたらしい。
「遠慮すんなよ。今回は俺だって悪かったって思ってるし、ちょっと無茶しないと納得できない。それに、二回もお預けなんて」
アルフレッドの首筋に擦り寄ると、如実に緊張しているのが伝わってきた。
先程までの反応で彼の願望が不埒なものであるのは把握できている。
分かっていると匂わせた発言をしてやれば、アルフレッドは頬どころか目尻まで真っ赤にしてしまった。
黙り込んだアルフレッドの瞳を見ていると、ちょっとした背徳感に精神が高揚してくる。
「……あのさ」
「ん」
「嫌だったら拒否してくれよ?」
可愛らしいお願いに肯定しながらも、多分拒否の選択肢などない。
何せ、愛しい愛しい元弟分兼現恋人のお願いなのだ。
彼にとって悪影響を及ぼすことならともかく、拒否など根っから存在しない。
「……パイズリフェラしてほしい」
耳元に寄せられた唇から溢れた言葉に思わず瞳を丸くする。
どちらかというとノーマルなセックスしかしてこなかった彼が、こんなにも直接的で下品な言葉を吐いたのだ。
予想以上に背筋がそば立った。
そして同時に一抹の不安。
「俺の胸で出来るか……?」
己の胸を見下ろして、膨らみの大きさを確認する。
寄せてやれば谷間くらい出来るだろうが、全てを覆いつくせるかといえば否ではないだろうか。
「いい、の?」
「構わないけど、物理的にできるかが不安だな」
アルフレッドがおずおずと聞いてくるが、その構図をイメージして嫌悪感はない。
今のところ拒否する要素が見つからないのが実情である。
アーサーの返答を聞いたアルフレッドが抱きついて、すりすりと甘えてくる。
性的な接触を意図しないそれに苦笑して、アーサーは体を捩ってアルフレッドに抱きついた。
完全にアルフレッドの膝の上に乗ってしまって、キスをねだるとアルフレッドの瞳に情欲の色が宿る。
果たして落とされた口付けは初めから熱烈なそれで、少々面食らってしまった。
アルフレッドはロマンチストだ。
形式に拘るといってしまっても相違なく、キスのときなどはじゃれるようなバードキスが欠かせなかった。
「ん、ふ…ちゅ、ある……」
舌をぴったりと合わせて絡めている内に、少し痛みを感じる勢いで体を引き寄せられた。
熱を孕んだ呼気を奪い合っていい加減息が上がってきた頃を見計らって、アルフレッドが名残惜しげに唇を離す。
「ね、シャワー一緒に浴びよう?」
甘ったるい声。
もしかしなくても女性であるアーサーよりも蠱惑的な瞳。
普段よりもずっと熱くなっている体。
何を取ってもアーサーに拒否できる要素なんてなかった。
完敗だ。
* * * *
ざ、と音を立ててシャワーが流され続けているのは今のところシャワー室が冷え切っていたからだ。
けれど、近い内に止めないと逆上せてしまうのではないだろうかと、アルフレッドの前に跪きながら考える。
タイルに直接付けた膝が僅かに痛みを訴えるけれど、近い内に気にならなくなるはずだ。
同じく座り込んでいるアルフレッドもすぐに冷たさを忘れられるといいのだけれど。
「……大丈夫?」
すでに期待からか立ち上がってしまっているそこに視線をやると、アルフレッドが気遣わしげに尋ねてくる。
表面ぎりぎりで優しい男であろうとしているのが伝わってきて、その仮面を剥ぎ取ってしまいたい衝動に駆られた。
「ん、まず触っていいか?」
そんな凶暴な精神は隠したままで、アルフレッドに向けて首を傾けてみせる。
頷いて了解されたのを確認して指先で先端に触れると、アルフレッドが息を飲んだ。
シャワーの湯で濡れたそれを指で包み込みながら彼の様子を窺えば、指を食い入るように見詰めている瞳をまじまじと観察できた。
アルフレッドがアーサーの指に興奮している。
いつもは彼から与えられているばかりだったが、どうやら今は立場が逆転できているらしい。
「――ふ、ねえ、嫌じゃない?」
「大丈夫みたいだ」
湯とは明らかに異なる粘り気を先端から拭い、段差の下に擦り付ける。
アーサーの動きから得た性感がお気に召したのか、アルフレッドが目を眇めて息を吐き出した。
本人は気遣っているつもりなのだろうが、問いかけは更なる快感をねだっているようにも聞こえる。
座るアルフレッドの股の間を陣取って、上体を倒してアルフレッドの自身に胸を近づける。
やはり、全てを覆うことはできそうにない。
大きな胸はシャツやスーツを着こなす際に障害になるので、ほしいと思ったことはなかった。
しかし、今は標準サイズとしか評しようがない膨らみが恨めしい。
国民の胸が育てば自分の胸も大きくなるだろうか。
自分の胸を両端から持ち上げて、アルフレッドの熱源を挟み込む。
包み込めたのはおおよそ側面までで、あまり見て楽しいものではなさそうだった。
少しでも包む面積が増やせないかと胸を持ち上げ直すと、アルフレッドが息を詰めるのが聞こえてくる。
「悪い。痛かったか?」
アルフレッドがアーサーの問いかけに首を振って、俯き加減になって垂れた髪が揺れる。
僅かに顰められた眉間に付きかけた皺だけを見ると、まるで苦痛を感じているようだ。
しかし、俄かにぎらついた瞳や上がりかけた呼気がアルフレッドの興奮を伝えてくれた。
髪を揺らしたせいで視界が閉ざされかかったのか、再び頭が振られて前髪が光を反射する。
まだテキサスは無事だが、近い内に白く曇ってしまうのではないかと思えるくらいの熱気を孕む瞳。
凶暴な色を留めたそれはしかし、太股の上に乗せたアーサーを大人しく注視している。
精神的に支配しているような状況に舌なめずりをしたくなってしまう。
「――動くなよ?」
素直な動きでアルフレッドが頷いたのを見届けて、胸をアルフレッドの自身に密着させた。
震えた息が聞こえて、長く忘れてしまっていた支配欲が胸中を満たす。
すりすりと熱い塊に胸を沿わせながら、覆い尽くせていない部分に指を沿わせる。
指が冷えてしまっていないか気にかかったが、さほど気になっている様子はなかった。
胸元にある熱源の先端から青臭い匂いがして、苛めてやりたい欲求に駆られる。
アルフレッドに視線をやると、すでに輪郭が曖昧になった瞳と目が合った。
ゆらりと視線が揺れて、それでもアーサーとの視線は逸らし切れなかったらしい。
ぼおっとした瞳が愛しくて腕を伸ばして頬を撫でてやれば、心地良さそうに瞼が細められる。
しっとりとした肌を舐め上げてやりたくなった。
「なあ、口でしてほしいか?」
え、とアルフレッドが声を上げて、アーサーを注視する。アルフレッドの願いからすれば、当然フェラをご所望なのだろう。
何を今更と視線が伝えてくるのが分かる。
「言ってくれよ。俺の口に舐めてもらいたいって」
胸で彼の自身を擦り上げながら、口を大きく開くことを意識しながらゆっくりと告げる。
こくんと出っ張った喉仏が動いて、やっぱり瞳は泣き出す手前のようだった。
腕を伸ばしてアルフレッドの耳に触れると、大仰に肩が震えるのが見て取れる。
「……て、アーサーの口で、俺の、舐めて」
なあ、と意図的に甘く響かせた声にアルフレッドの理性が完全降伏した。
漏れ出す吐息の甘さにこちらの背筋まで震えてしまう。
「……オーケー」
一旦アルフレッドの熱源から体を離して、唇にバードキスを落とす。
自分だって大分興奮しているはずなのだが、彼の方がずっと熱いように思えた。
はあ、と吐息をテキサスに吹き付ければレンズが白く曇る。
少しずつ薄まる曇りの向こうにアルフレッドの瞳が恨めしそうに映るのは、恐らくお預けを食らっていると感じているからだろう。
お望みの通りに再びアルフレッドを胸に挟みこんでやれば、如実に息の詰まる気配を感じる。
「――っ!」
最後の最後までアルフレッドの表情を窺って、表情がくしゃりと歪んだ瞬間に熱源を口に誘い込む。
太股と同時にひくりと震えたそれは予想通りな不快感を口内に湧き起こさせるが、興奮状態であるせいか思いの他平気だった。
意識的に胸で擦り上げながら、どんどん青臭さを増すそれの先端に舌を差し入れる。
硬度や体積が増すのを感じた辺りで、無理やり視線を上げてアルフレッドを窺った。
「あー、さあ」
「こら、腰動かすなよ」
視線が合った瞬間、俄かに動こうとしたアルフレッド腰を押し留める。
普段の彼ならば絶対に応じなかったはずだが、今は随分精神的に支配されているらしい。
素直に動きを止め、小さく鼻を啜って見せた。
手の平で転がされてしまっている彼が可愛らしくて仕方がない。
「あ、ぅ…そこ」
「気持ちいいか?」
「うん、うん……きもちいい……」
いつもならアルフレッドに尋ねられて見れば分かるだろうと思っていたのだけれど、立場が逆転してしまった。
反応からして分かるのだが、それでも口にして認めてほしい。
体だけではなく精神の屈服を望んでしまうのだ。
じんわりと思考を満たす満足感に浸りながら、今後はあまり邪険にしてやるのは予想と決意する。
とろんとした瞳とは反対に緩みかかった唇が何度も結び直されるのは、唾液が零れるのを危惧してかもしれない。
もうだめ、とうわ言のように口にしたのは予想よりずっと早いタイミングでだった。
もう? とからかい混じりに聞いてやると、アルフレッドの頬が恥を含んだ朱色に染まる。
「君が、するからだよ……!」
悲鳴のような告白が終わると同時に入り口を強く吸ってやれば、体が途端に硬直して熱い粘液が溢れだした。
どうやら達したらしい、とか飲んでやるのと顔にかかっているのとどちらがいいか、とか考える前にアルフレッドがアーサーの頭を固定する。
意図しているのか知らないが、飲んでほしいというメッセージであると受け取ることにした。
胃が荒れてしまうのはいたし方あるまい。
呻く声が堪らなくセクシーに感じるのはどうしてだろうか。
「んん……! ぷ、ぁ…んぅ……」
勢いよく口内に放たれるそれを飲み込み続けるのは正直骨が折れた。
残留まで吸いきってやってから、よく吐き出さないで済んだと自らを賞賛する。
ねたねたしていたアルフレッドの体液を唾液諸共飲み込んで、アルフレッドのぜいぜいと響く吐息を聞いた。
「アーサー」
「ん……」
ふっと表情を緩めたアルフレッドが両手を伸ばしてくるので、素直に従って抱きかかえられてやる。
ぴったりと抱き合って、アルフレッドの耳元に顔を埋める。
幸福感に彩られた溜め息が背中に転がって、それを追うようにアルフレッドの手が背中に這い回された。
ぞぞ、と這い上がる感覚がどうしようもなくなる前に、手が落ち着きのいい場所を見つけたらしく抱き寄せる力が強まる。
「今日のお前可愛い……」
「君ね」
すりすりと頬ずりしてやれば、さすがにげんなりしたらしいアルフレッドがじと目で睨んでくる。
それでもくすくすと笑ってしまう喉を止められず、アルフレッドを強く抱きしめ返す。
ついに酒でも飲んでいるのかだなんて非難めいた発言をはじめたアルフレッドに内心でイエスと応じた。
とろりとした液体と同じくらい蕩ける思考に、中毒性のありそうな感覚。
そんじょそこらの濃度の高いアルコールよりも魅力的な体験だったと言えるだろう。
彼がいたら断酒だってできるのかもしれない。
そんなどうかした思考を巡らせられるところもアルコールそっくりだ。
ふふ、と口の端から声を漏らすと、未だ合点が行かないらしいアルフレットが大仰に鼻を鳴らしたのが聞こえた。