職場が社内恋愛禁止というわけではない。
悪魔の職場にそんな規則を導入しようものなら、後世に残る笑い話になるだろう。
付き合っていると知られれば冷やかされ、別れようものならネタにされるためあまりオープンにしたくないと考える者がいるのも確かではある。
一方でひけらかして話題の中心になりたがるカップルも存在するのだが。
では、自分達はどちらに分類されるかというと、その中間辺りだろうか。
必要以上に隠しもしないが、かといって往来でハグキスをするようなこともない。
帰宅時間が合えば一緒に職場を出ることもあるので、知っている人は知っているし知らない人は未だ知らぬまま、くらいの状況だろう。
「ただいま」
「おう、おかえり」
今日は用事があると言って一緒に帰れなかった恋人を迎え入れると、彼が纏っていた冷たい空気が部屋の中に入り込んでくる。
彼からすれば暖かな空間に入り込めて安堵したのか、小さな息をついて強張っていたらしい表情筋を緩めた。
「ひゃっ……! お前、冷たいって!」
「うん、そりゃあね」
背中を丸めて抱きつかれて、そのラインに彼の気持ちが現れているように感じて嬉しい一方で、やはり冷え切った体に身震いする。
せめてその厚ぼったい上着を脱げば少しはましだろうに、その苦労をしたくないのか冷たい頬をこちらの首筋に当ててくる始末だ。
「こ、こら……んんっ」
「帰り道が思いの外寒くてさ。暖めてよ」
腰を捕らえられたと思ったら、臀部の上から生えている尾を撫で擦られた。
それだけで甘い痺れが背筋を走って、くたりと彼に体を預ける。
重心の移動に気がついた彼が背筋を伸ばして受け止めてくれるのが嬉しくて、笑みを漏らしながら彼にしがみ付いた。
「冬はお手軽な文句があって楽なもんだな」
「嫌かい?」
「いいや」
賞賛してるんだよ、と告げてやると、アルフレッドがくすくすと笑いながらアーサーの体を抱き上げる。
後でシチューを暖め直さないと、なんて平和なことを考えていられるのは後数分もないだろう。
* * *
最後に彼の熱が出て行くのにも大仰に震えてしまう。
怖気にも似たそれが去るに従って、甘ったるい眠気が瞼をどんどん重たくさせていく。
夕飯を食べるのを諦めて目を閉じようかと思ったのに、アルフレッドが温まりきった指先で目尻を突っついてくるものだから落ち着けない。
「今日はまだ寝ちゃ駄目。話したいことがあるんだ」
「うー、だったら先に喋っとくべきじゃねえ……?」
唇をつんと突き出してみると、彼の指先が少し固くなった唇をなぞっていく。
その指先に軽く歯を立ててやれば、濃い青の瞳が細まった。
「まだ足りない?」
「んー、でも話があるんだろ?」
情欲が灯りかけたそれに煽られながら、ふにふにと唇で指先を弄びながら逡巡する。
二、三瞬きをしてから指を引いたアルフレッドがぎゅっと体を抱き寄せて、耳元で小さく呼びかけてくる。
「うん。順番誤ったかな……でも、君がここにいる幸せを実感したくってね」
「なんだそりゃ?」
いいから、とアルフレッドが嬉しそうに笑うので、追求しようという思いが失せてしまった。
時折首筋をこそばす髪をなでてやりながら、ふわふわと滞りがちな話の続きを促す。
「君さ、俺とそっくりな人をターゲットにして仕事できるかい?」
「お前とそっくり?」
「ああ、そっくりというか、昔の俺をそのまま成長させた奴って感じかな。とにかく、ついこの間見つけてさ。それでちょっと気になって」
まるで同じ顔をしていたら全てが恋人に思えるのではないだろうか、と言っているような物言いではないか。
ちくりとこめかみに何かが刺さるのを感じながら、溜め息を吐いて見せる。
「ターゲットはみんな平等にターゲットだろ。顔がどうとか気にしてたらこの仕事やってられないぜ?」
「でも君、俺にはいつもめろめろじゃないか。おんなじ顔だよ? 大丈夫?」
「男の区別くらい付くに決まってるだろ!?」
ぷう、と頬を膨らませて彼の腕の中で体を反転させると、困ったような気配が背後で揺れるのが分かった。
「上司としても、できるかできないかのデーターは取っときたいと思ってるんだけど」
「……分かった。行ってくる」
彼の失礼極まりない懸念が実現したとすれば、仕事面で支障が出るのも確かである。
仕事先で性感のコントロールを失って、セックスに溺れてしまうわけには行かないのだ。
個人的にも身も世もなく泣き喚くのは彼の前だけでいい。そうでなければならない。
「じゃあ、次のお休みのときくらいにお願いするね」
アルフレッドがかぷりと肩口に噛み付いてくるから上手く返事ができなかったが、異論がないのは伝わっているだろう。
体を傾けるとアルフレッドの指が再び唇をなぞる。
「さっきからなんだよ」
「行きずりの男じゃできないことをやろうと思って」
そう笑うアルフレッドの表情が普段の捕らえどころのないそれとは打って変わって寂しそうに映ってから、ようやっと彼もまた不安なのだと気がついた。
* * *
あのとき、どんな言葉をかけたのだったかと、ふつふつとボタンが外れていく感覚に身震いしながら思い出そうとする。
まさか、こんなことが起きるとは思ってもみなかった。
確かに背後にいる男が魔力を操れることは知っていたが、自分達の有するそれと真っ向から対立し、優位を保つ属性だとは思わなかったのだ。
今までの鬼悪魔としか言いようがない言動を思えば認めたくないが、屈服せざるを得ない相手だった。
そんじょそこらの人間とは格が違う。
本来の仕事であれば、もっとちゃんとした下準備をした後にしかるべき方法で遭遇を回避したはずだった。
しかし、非公式のそれとなると、それ程手をかける余裕はない。
それでも、彼らが人ではないと分かった時点で何らかの手を講ずるべきだったのだ。
どちらにせよ確証が取れた次第で介入すると彼は言っていた。
だから、仕事に対してやけに真摯な彼がそう簡単に姿を現すとは思えない。
己の思い人、それも麗しきあの日々をそのまま成長させたような姿の男に抱かれることに抵抗がないなんて口が裂けてもいえない。
うっかりときめきを覚えてしまった自分が憎らしい。その思いが消せないままにアメリカと呼ばれる人に抱かれて、もし身も世もなく泣き喚いてしまったら一体どうすればいいだろう。
淫魔は基本的に自分の性感のコントロールを行い、性交中に快楽に溺れることなどない。
唯一その歯止めが利かなくなってしまうのは、愛する人に身を預けるその一時だけである。
それなのにもし、彼とアメリカを混同してしまって、その行為を貪ってしまったとしたら。
彼に対する裏切りでしかない。
始めはそんなことが起きるはずがないと高をくくっていたが、アメリカの写真を実際に見た瞬間に自信が揺らいだ。
それからの一週間、何度彼の写真を見直したかも分からない。
溌剌とした少年だった彼をそのまま成長させたような出で立ちに懐かしさを禁じえなかった。
大人らしい落ち着きと笑みの浮かべ方を手に入れたアルフレッドを劣ったものだとは思わないが、それでも彼が失ったものをアメリカは持っていた。
欠いてしまったものはいつだって眩しくて。
「な、なあ、アメリカ! イギリスを摘み出してくれよ!」
上着のボタンが外され切った辺りで、時が止まってしまったように動かない青年に声をかける。
「さすがに自分と似たような奴とセックスするのは気が引けるんだ。お前だって気まずいだろ?」
「アメリカ、聞かないでいい」
「……何でだい?」
怯えたように肩を震わせてこちらに視線を合わせようとしたアメリカを背後の男が制止する。
やはり長年の付き合いが功を奏したのか、おろおろとした瞳が向かったのはイギリスの方だった。
「こいつは少しでも『いつも通り』やりたいんだよ。そっちの方が落ち着くからな。でも、考えてもみろよ。もし、ここで上手くお前と仕事のセックスができたとしたら、こいつには自分の恋人と似たような男が宛がわれる可能性が出てくるってことだ」
優しいようでいて、どこまでも真剣な声音だった。
どうしてイギリスがここまでして参戦したがっているのかよく分からない。据え膳なのか。
それとも、弟分にちょっかいを出されたのが気に食わないか、ただの好奇心か。
どれでも当てはまるような気がしたし、全てが間違いのようにも思える。
「なあ、アメリカ。ここで一度失敗したら、こいつはもう自分の恋人を裏切るようなマネはしなくていいんだ。それに俺がここにいれば、自分と似た顔の男に自由意志を奪われて、混乱した状態でいられるわけだ。なあ、一度だけとずうっとと、どっちがいいと思う?」
「アーサー、俺は、俺なら、恋人がこんな仕事すること自体嫌だよ」
「……そんなの分かってる」
鳴りそうになる鼻をいなしながら小さく呻く。
イギリスが言わんとしていることは大体が正しい。
けれど、代償があまりにも大きいのだ。
もう一つの可能性として存在していた姿の男に溺れた後で、一体どんな顔をして彼の前に立てばいいだろう。
彼がこの行為を要求してきた時点である程度の覚悟はしているだろうけれど、それでも。
「でも、やらなきゃいけないんだよね。だったら、一度だけにしてほしいと思う。だから」
そっと鎖骨を滑る指先はどこまでも優しい。
いっそのこと酷くしてくれたなら、しっかり区別が付くというのに彼はそうはしてくれないようだった。
「絶対我を忘れたりしねえからな! 鼻で笑ってお前らにトラウマ植え付けてやる! 絶対だ!」
淫魔である点を考慮すれば性感を楽しまないという選択肢は難しい。
けれど、絶対に夢中になどならない。
感度のリミッターを外してしまうなどもっての外だ。
触れられた途端に這い上がる感覚を振り払うように叫ぶと、耳元で空気が揺れるのを感じた。
それから耳の輪郭に柔らかい感触が落とされる。
「まあ、精々頑張れよ淫魔ちゃん?」
言い回しとは裏腹に品のいいリップ音を残してイギリスの唇が離れる。
それからアメリカにシャツのボタンを外すように指示して、アーサーの上着に手をかけた。
単体だときつく見えてしまう赤いシャツに手を伸ばし、躊躇いがちにボタンを外す仕草が可愛らしく感じて小さく頭を振る。
できることなら自分が隣にいるときにアルフレッドに失ってもらいたかったものがここにあるのだ。それが酷く苦しい。
「てっきり黒系だと思ったけど、ふうん、こういうコントラストもいいなあ」
「うん、綺麗だね」
赤いシャツの下に隠れていたブラジャーを見て、イギリスが上機嫌な感想を漏らす。
黙りこくっていたアメリカまで同意してくるので、何となく気恥ずかしくなってきて視線がさ迷う。
白の方が男性に受けがいいのを経験してのチョイスであり、ある意味思う壺のはずである。
けれど、率直に褒められるとやはり照れくささを感じてしまう。
「大きさも形も綺麗だし、さすがは淫魔だな。見事なもんだ」
「……へ?」
シャツの上から背中を触られたと思ったら、急にブラジャーのカップが浮き上がった。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、状況を分析すれば僅かな時間でシャツ越しにホックが外されてしまったということらしい。
男だこの謎の技術は。
「え、何それ……」
同じく動揺したらしいアメリカが体ごと後ろに下がりながら、イギリスをじと目で睨む。
「いや、昔取った杵柄というか、ちょっと練習はしたけどな? え、みんなこういうのやらないのか?」
「本気でやる奴初めて見た」
「俺もてっきり都市伝説みたいなもんだと思ってたんだぞ……」
首を捻って背後のイギリスを窺うと、なんとも違和感のある笑みを貼り付けたまま何度か瞬きをしているだけで少々気持ち悪い。
「あれだよね、君のセックスのセンスってフランスと似て」
「んなはずねえよ!」
自然に上がりそうになる口元を押さえてながらアメリカがイギリスに指摘しきる前に、イギリスが条件反射の勢いで怒号を上げた。
片耳だけきいんと痛みが走って、そのアンバランスな感覚に僅かながらに目眩を感じる。
「イギリス、耳元で叫んだら可哀想だろ」
眉を顰めてしまったのを悟られたのか、耳を覆うようにアメリカの手が添えられてどきりとする。
両手で聴力を奪ってから、黙りこくって至近距離で見詰め合うのをアルフレッドは好む。
自分以外の物をアーサーに認識させたくないと、彼は照れくさそうに告白してくれたっけ。
――違う。類似点を探すな。
「キスしても?」
「ご自由に」
アルフレッドよりも幾分か明るい瞳を見詰めていると、視線を合わせたまま可愛らしい質問をされる。
淫魔を娼婦か何かと思っているのだろう。
一応は彼の自由意志に任せるポーズを取りながら、首を少し前に移動させた。
ちゅう、と甘えたなリップ音が唇に落ちて、むず痒い気持ちに襲われる。
もっと貪欲に貪ってくれてもいいのに、彼から感じるのは気遣いの気配だった。優しい男なのだろうと思う。
普段の仕事なら絶対に出会えないタイプだ。
「んっ、ふ……」
「ほら、アメリカも」
反対に浮いたカップを完全に上げて胸を片手で揉みながら、弟分の手を誘導するタイプの男とは結構遭遇しそうである。
誘われるがまま両手で胸を撫でるように愛撫し始めたのを合図に、アメリカが唇にそっと舌を這わせてきた。
「ん、んぅ……んん」
四つの手で揉み解されると胸が隙間なく犯されているに等しく、普段の仕事よりも早く息が上がってしまう。
胸の刺激ばかりに気をやっているのが不満らしく、アメリカが吸い上げた舌に悪戯するように噛み付いた。
その甘さに跳ねた肩に触れたイギリスがシャツを脱がしに掛かる。
外気に触れた背中が籠もった熱を放出させて、大仰に震えてしまった。
「ん、寒いか?」
アメリカに口内を蹂躙されているのを知っているのだから、そもそもアーサーの意志表現は必要としていないのだろう。
だからその呟きをほとんど意識の外に押し出して、アメリカが舌の裏側を舐める感触に集中した。
「ん!?」
「これでましだろ?」
シャツを肌蹴させたらしいイギリスが後から抱きかかえるようにぴったりとくっついてきて、思わず悲鳴を上げてしまった。
状況が把握できない動揺はあったが、嫌悪を感じたわけではない。
逆に背筋に力を入れる必要がなくなって、内心ほっとしながら彼に身を預ける。
労わるように頭を撫でられたかと思えば、かぷりと首筋に噛み付かれて体が竦みあがった。
甘い衝撃を逃がしたいのに、唇を奪われているせいでまともに体を動かせない。
「ふぁ……あ、んっ」
唇を解放されたかと思うとアメリカが背中を丸めてアーサーの鎖骨を吸い上げる。
首に感じたそれよりも鋭い刺激が確実に鬱血を生んだことを伝えてきて、途端に被征服感を覚えた。
自らが人を煽り、欲望に狂わせる喜びを確かに感じる。
「ん、んー……っあ、や……」
イギリスに下から支えられた胸にちゅう、とアメリカが吸い付いて既に膨らんでいた乳頭を刺激される。
乳輪をゆっくりと舐られると逃げ出したくなるのに、ぴったりと密着しているイギリスが背を丸めることも許してくれない。
堪らずアメリカを呼ぶと紅潮した頬と情念から明るさを増したようにも見える瞳とかち合った。
「あ、う……は」
持ち上げられているせいで普段より柔らかくなった胸におざなりにされながらも固くなっていた乳頭を押し込まれて、痛みと確かな快感にひくんと腰が跳ねる。
「ちゃんと気持ちいいかい?」
気持ちいいかとだけ聞かれてしまうとどこか高慢な印象を抱くが、こう尋ねられるとアメリカが不安を抱いているように聞こえる。
彼が実際に何を意図しているかは不明だが、個人的には俗に言うところのポイントが高い振舞いだと感じた。
「うん、気持ちいい……」
頂点を責めるアメリカはもちろんのこと、支えるだけでは飽き足らず、その重量を楽しむように動くイギリスの指も心をそわそわとさせた。
けれど、それは体をとろんとさせる快感ではありながら、アーサーを取り乱させるようなものではない。
アーサーが淫魔として肢体をコントロールできている証だった。
「ふむ、いいなこれ」
感慨深げに呟くイギリスにアメリカの浮ついた空気が少々薄らいだようだった。
眉を上げて見せて、イギリスに先に続く言葉を促してみせる。
「いや、男が盛ってるとこなんて見てもなあ、って思ってたんだけど案外可愛いもんだなと」
「君、バイじゃなかったのかい?」
純粋に疑問だという風にアメリカが小首を傾げた瞬間、背後の空気が凍りついたのが分かった。
ヘテロの男性からすれば、かなりクリティカルな名誉に関わる問題だろう。
動揺や不安からかぎゅっと腰に抱きつかれて、こういう男もターゲットにはいないような気がしてくる。
「い――いやいやいや! どっからそんな情報仕入れたんだよ!?」
「でも目覚めかけてんじゃねえの?」
可愛いと言っている時点で結構不味い状況だと指摘してやると、イギリスの体が震えるのが分かった。
「断じて違う! ほら、そこら辺のうさぎを可愛いと思っても別にうさぎとやりたいとは思わないのと同じように、アメリカをどうこうしたいと思わないし!」
「お言葉だけど男がセックスの対象になるからゲイだということじゃないらしいよ」
「なん、なんでそんなこと」
「以前機会があって勉強した」
アーサーにはさっぱり分からなかったけれど、イギリスには思い当たる節があったらしくああ、なるほど、とかお前の所はそういうのがややこしいよなあ、とか何とか口走っている。
その間にも手慰みのように人の腰周りを撫でてくるので、色欲は旺盛なのだろうと評価するしかない。
「でもまあ、別にうさぎに恋するわけでもないし、どちらかというと――」
ぽつりと呟いてから気合を入れ直すつもりだったのか、イギリスが膝立ちを崩したような姿勢で開かれていた脚の間に手を忍ばせたときだった。
そこに触れられた刺激に体を揺らしながら、イギリスが言葉諸共動作を止めた理由を考える。
「……これって」
「あ……や、やだ駄目! 脱がすな……!」
閉じようとした脚の間にアメリカが滑り込んできて、暴れようとする両手を掴んだ。
驚くほどの腕力で持って制されてしまうと、抵抗らしい抵抗などできなかった。
背中の羽根を動かしても大きなダメージを与えることはできなかったし、細い尾をイギリスの腕に巻きつけても甘えているのと大差ない。
ズボンがきつく感じるのだから、既に目視されているのは分かっている。
けれど、直接見せるなど言語道断なのだ。
それなのにかちゃんとベルトが外れる音がして、きちきちと金属音が鳴り出した。
「やあっ……ゆるして、やだあ!」
じんわりと浮かんだ涙に相応しく情けない声が上がっているのは分かっている。
どんな姿を見せたとしてもこれだけは見せたくなかったのに、どうして忘れてしまっていたのだろう。
ズボンが下着ごと脱がされた瞬間に、ひ、と喉が鳴った。
二人の男にゆるりと頭をもたげたそれを見られているのが分かって、頬がかあっと熱くなるのと同時に心臓が引っ掻かれるような痛みを覚えた。
「……本物か?」
「ひっ……触るな、ゃ…ふ……」
「うん、下にはちゃんと膣もあるみたいだし……凄いな、日本のゲームみたいだ」
アーサーが涙ながらに頼んでいるというのに、二人は目の前の物珍しさに夢中らしい。
尿道辺りを刺激されながら膣口を撫でられては甘ったるい吐息を吐いて堪えるしかなかった。
「本当にさすがは淫魔としか言えねえな……となるとやっぱりあれがいるか」
「ひぁ! あ、あん……」
巻きつけている尾を明らかに愛撫の意図を持って触れられて慌てて拘束を解こうとしたが、根元から引くように扱かれて甘えた声が口を突いた。
「待ってろよ。気持ちよくしてやるからな」
最後にきちりと爪を立てられてつま先まで刺激が走る。
腹立たしい台詞ではあるが、実際に気持ちいいのだから始末に終えない。
イギリスが離れて、途端に冷たくなった背中をアメリカが抱き寄せてくれた。
「やだ、こんなの、アルにしか見せたことなかったのに……!」
「そうなの?」
「仕事では、本当の俺じゃなくて何にも問題ないから、ずっと隠してた」
扉が閉まる音が聞こえてから、アメリカの体をかき抱いて悲鳴めいた声を上げた。
辛い、悲しい。そんな単純な感情で心が一杯になる。
震える体を優しく撫でながら、アメリカは優しい声音で問いかける。
仕事ではしっかりと己を偽り、一方で愛する人に本当の姿を見せる。
欺瞞でしかないとは分かっていたが、自分なりの操の立て方だった。
なのに、どうしてこんな簡単なミスをしてしまったのか。
はじめから緊張していたからとはいえ、あまりにもお粗末ではないか。
「じゃあ、今日は仕事じゃないんだ。俺は仕事の相手でもなくて、特別に本当の君の姿を見た人物なんだね」
優しい声は先程と違いなかった。
けれど、その一言一言がアーサーの頭の中をかき乱す。
「ねえアーサー、俺は誰だろう」
この人は誰?
どうしてこんなにも自分の愛する人の過去の姿に似ているのだろう。
何か関係があるのだろうか。
そう、勘繰ってしまう。
そもそも自分はどうしてこの人の前で弱音を吐いてしまったのか。
品のいいノックが聞こえて振り向くと、ボトルを携えたイギリスが入ってきた。
湧き上がっていた奇妙な雰囲気が解消されて、思わず安堵の息を吐く。
「よくもまあ、そんな物持ってるね」
「尻弄るんならいるだろ。あ、いや、俺はそっちには使ってないからな」
とろみのある液体はどうやらローションの類らしい。
さっきまでのバイ云々の話を引き摺っているのか、イギリスがボトルを振りながら否定する。
「こら、引っ込めようとすんじゃねえよ」
「ひゃん!?」
この隙に気持ちを整えようと深呼吸をしようとしていたのを察しられたようで、ぺちんと臀部を叩かれる。
恨めしげに睨んでやると、どこか嬉しそうにやっぱり頭を撫でられた。
「――っ、あぅ…ん……あ」
精神を落ち着けて化身をする前に、てろりと手の平にローションを落とした手で自身を撫で上げられて息を飲む。
さすがは自分に付いているのと同じ物だけあって、的確な刺激が与えられる。
「なあんにも気にならないよな。なあ、アル。お前はいつも見てるだろうし」
「そうだね。可愛いよ、アーティ」
段差をくちくちと刺激しながら、猫なで声で耳元に吹き込まれた。
思いもよらずに恋人の愛称を口に出され臓腑がきゅっと縮こまったが、恐らく立ち聞きでもしていたのだろうと結論付ける。
けれど、アメリカの囁きは自分の予想以上に精神を揺らして止まなかった。
「や、あぁ…あっ」
裏筋を擽ってからローションを指に纏わせて、アメリカの指が膣に入り込んでくる。
くるりと長い指が入口を丹念に刺激して、唇が戦慄いた。
「ひっ、あ、あう……っ、つめ、や……!」
「すっげえ反応だな」
「ふふ、お仕事できてないんじゃない?」
胎内ばかりを気にしていたら先端に爪を立てられて、堪らず仰け反った。
「ち、ちが……っあ……う、ん〜〜!」
違う。いつもと違う。
思考の束が音を立てて解けていく感覚に震えながら、ぱさぱさと前髪を散らす。
指が増やされて内壁が広がる感覚が今は酷く恐ろしくて、自然と体が固くなった。
緊張を解す意図で優しく体のあちこちに触れてくるイギリスの手が憎らしい。
「アメリカ、とりあえず脱げ」
「ん、分かった」
素直にイギリスの指示に従って、アメリカが潔く服を脱ぎ去った。
くったりとイギリスに身を預けながら、アルフレッドより幾分かいいように思える四肢に息を飲む。
力強く、若々しい美しさに溢れた青年だった。
「で、うつ伏せにして支えてやってくれ」
小さな掛け声と共に体を持ち上げられて、そのままアメリカに預けられる。
少し考えてから、アメリカがアーサーを抱き上げると腰を跨がせようとして来た。
「あ、や」
「大丈夫。まだ入れないから」
挿入を思わせる動作に身を捩って抵抗したら、熱の籠もって重たくなった声で告げられる。
最後に腰を引き寄せられると、起立した彼のそれと自身が接触して息が詰まった。
「ふ、んんっ……」
「うん、触れるね。明日手首痛いかもしれないけど」
それからぐっと片足を持ち上げられて、その隙間から手を入れられた。
再びつぷ、と指が沈められる感触に口元が戦慄く。
「じゃ、そろそろいけそうだな」
「あ、ぁ……や、だめ、だめ……!」
暖めたローションが臀部を伝う感触に身震いしたけれど、もちろんイギリスが手を止めてくれるはずもない。
周辺を何度もマッサージして緩めさせて、そっと小指を差し入れられる。
性交に慣れたそこは大きな抵抗を見せずに指を飲み込んで行くばかりではなく、腰をひくつかせて自身を苛んだ。
くちりと音を立ててアメリカの熱を刺激し、充足感に満ち満ちた吐息が耳元に転がった。
このままでは駄目になってしまうのが経験的に分かって涙が滲む。
「アーサー、気持ちいいね」
「や、やだあっ……アメリカ、こわいぃ……!」
怖かった。
今まで保ってきた矜持や何よりアルフレッドに対する愛情の確信を失ってしまうのが堪らなく恐ろしかった。
彼がアーサーを許してくれるかどうかなど、この際どちらでも構わないと思う。
自分が認められなければどうしようもない話なのだ。
「どうしてアルって呼んでくれないんだい? いつもみたいに呼んでくれよ」
それでも前の男はアーサーを惑わす言葉しかかけてはくれない。
もういっそのこと、彼だと芯から信じ切って抱かれてしまえばいいのだろうか。
けれど、それほど己が愚かになれないのも分かっている。
だから、こんなにも苦しいのだ。
「助けて、アル、もう分かったからぁ……ひっぁああ! あ……」
アメリカから視線を逸らして、監視しているはずのアルフレッドに助けを求めるのにそれらしい応答は返ってこなかった。
くちくちと後孔を広げていた指がしこりに触れて、生理的にも感情的にも涙が込み上げてくる。
もう、もう駄目だ。
「ん、ヒット。アル、こいつのいい所分かってるな?」
「まあ、そりゃあね」
物騒な会話を繰り広げる彼らを尻目に何とか力を込めて羽根を広げると、イギリスが至極不機嫌そうに舌打ちをした。
翼の根元を押さえて、耳の輪郭を強く噛まれる痛みすら快感に変わる体が厭わしい。
「アーサー、俺のいうことが聞けないか?」
強く名前を呼ばれると恐怖で体が竦んでしまった。
死んでしまった方がましではないかと思うのに、簡易ではあれど名前を受け渡してしまったせいで死すらも許されない。
そのときに悟った。
そもそも下手を打って簡単に隷属させられてしまうような悪魔が、彼の横にいてはいけなかったのだ。
だから、だから彼は。
「泣かないで、って俺が言うのは酷だろうけど」
ぼろりと零れた涙にアメリカが口づける。
その優しさがしっかりと戦略に基づいて判断されているものだと分かって、喉が引き攣ってまともに息ができない。
「ふぁ…っ、あ、ぁああああ! や、あ、あっ……」
後孔のしこりを潰されたのと殆ど同時に、アメリカの指が動き出した。
ぎゅっと彼にしがみ付いて下肢から広がっていく甘いなどとは決して形容できない、殆ど暴力に近いそれに堪える。
厚い胸板に顔を埋め、三点を弄られて零れだす声や体液を止めるすべなどなかった。
「アメリカ、がっつきすぎだ。もっとゆっくり優しく」
「ふ、んんっ…ぁ、ぁああ……ん、んぁあ…」
「なるほど、こっちの方が可愛いね」
イギリスがアメリカを諌めると、彼は的確に修正を図ってきた。
乱暴な挙動は一気に影を潜め、痺れていたそこから熱が広がっていく。
止まっていた思考が崩れ落ちるような甘さに応じて、内壁が二人の指を歓迎するように絡み付くのが分かった。
ぐずぐずになった精神で分かるの快楽とあの人が来てくれない事実だけ。
「……っあ、あめりかぁ……もっと」
アルフレッドが自分を見限ったと思うと、もはや気を保っていることなどできなかった。
優しく触れてくれる彼らに溺れてしまえば、何も考えずに済むのだと囁く本能に従って甘えた声を上げる。
馬鹿みたいにまろい声に、アメリカの情欲が引きずり出されるのが分かった。
「俺はいらないか?」
「ふゃ……イギリスももっと、コリコリし…ひゃうぅっ!」
始めに聞いたときよりもハスキーに響くからかいを含んだイギリスの声に背筋を震わせながら、何とか彼に懇願する。
途端に与えられる刺激にあ、あ、と盛りのついた猫のような声が上がった。
じりじりと高められる性感に途方もない幸福と絶望を感じる。その両極端な感情すら興奮材料に変えて、蕩けきった秘所は好き勝手に動き回る指を撫で回す。
そうやって得た快楽でもってアメリカの熱い体を目一杯抱き寄せれば、背中に回った手が翼の根元を愛撫した。
「ふあぁ……ひゃあ! あ、はぅ…あ、っふ…ぅん……」
イギリスに巻き付けていた尾を扱かれた上に、かぷりと歯を立てられて甲高い悲鳴を上げてしまった。
そのまま敏感なそこを舐められてぐりぐりとアメリカの胸に額を擦り付けると、角に唇が落ちてきてぞくぞくと背中を震わせる。
刺激される場所が増えただけではなく、勢いも増すものだから閉じた視界にちらちらと星が散りだしたようだった。
背中をきつく反ってしまうものだから、乳房がアメリカの体に触れて形を変える。
くにくにと頂点が捏ねられる感覚が堪らなくて、自ら体を動かした。
「アーサー、可愛い……」
熱が籠もってぼおっとした響きを帯びたアメリカの声を聞きながら、彼の鎖骨に噛み付いて後を残す。
まるで愛情を抱いているようなその瞳に囚われて、どこまでも沈んで行きたい。そう思った。
* * *
我慢はある種の興奮材料であると思う。
愛する人が他者に弄られ、ぐずぐずになっていくところを見るのがこんなにも高ぶりを感じることだとは思いもしなかった。
ある瞬間を境にしてふつりと糸が切れたようにアメリカに甘えだして、言いようもない充足感を覚える。
昔の己に似た容姿の男に惑わされる彼女が可愛らしくてしかたがない。
てっきり嫉妬に腸まで煮えくり返るものだと思い込んでいたから、自分の反応に驚きを隠せないのが正直なところである。
「まあでも、そろそろ頃合いかな」
かぷんと彼女がアメリカに噛み付くのを見届けて、囁くように呪いを唱える。
僅かな目眩のような感覚に伏せた瞼を上げると、そこは特有の匂いの充満した情事の現場だった。
一度大仰な瞬きをしてから、イギリスが一番に気がついたらしく視線を向けてくる。
「こんばんは」
「ああ、いい夜だな」
時間にだけは相応しい挨拶をしてやると、するりと指を彼女から退去させてから小さく肩を竦める。
その意思疎通に気がついた二人がびくりと体を震わせて、アルフレッドに視線を投げかけた。
「アル! アルフレッド!」
途端にぼろぼろと涙を零したアーサーがアルフレッドの方へと体を捩るので、慌ててアメリカが体を支えてやったようだった。
ベッドに膝を突いて近寄ってやると、アーサーがぎゅっと抱きついてくる。
冷たい生地や固い金具が柔肌を苛むのも構わずに、彼女はごめんなさいと何度も口にした。
涙に塗れて熱く掠れたその声が愛おしい。
「お願い、一人にしないで……!」
「一人になんてしないさ」
火照った体を抱き寄せてやりながら優しく響くよう囁くと、覿面にアーサーの語気が緩む。
しゃくりを上げる喉に噛み付いてやりたい衝動に駆られながら、少し重たくなった髪をゆっくりと梳いた。
「でも、嫌だったんじゃないのか? 顔が似てるぐらいで簡単に……だから」
「君が随分可愛かったから思わずずるずると、ね」
ネガティブな発言を続けるアーサーの唇に指を乗せて黙らせると、不信感に満ち満ちた瞳で見詰められる。
悪魔なのだからもう少しインモラルに生きればいいのに、アーサーにはそんな容易なはずのことが難しくて仕方がないのだ。
面倒臭くて生き辛い彼女の魂を愛さずにはいられない。
「だって、俺と似てるところを見つけたら訳が分かんなくなっちゃうくらいに俺が好きなんだろう?」
ぽんと音を立てそうなほどに赤くなった頬を突くと、俯いた彼女の口から呻き声が漏れてくる。
「いや、でも……」
「じゃあなんだい。『この糞ビッチが! 誰にも彼にも股どころか尻の穴まで差し出すほど浅ましいだなんて!』とでも言ってほしいの?」
まだまだ鬱々とした気持ちが取れないのか、アーサーが口をもごもごさせる。
少し眉間に力を入れて口汚く罵ってやれば、真っ赤な顔に涙の影を色濃くしながら首を振った。
困った顔も可愛いと思う。
「俺はそんなこと言いたくないな。君の仕事ももちろん上司だから分かってるつもりだし、君の体のことは誰にもまして知ってるはずだ。だから、こうなるんじゃないかとは思ってたんだ」
「それってどういうことだい?」
すんすんと鳴る鼻先を突っつきながら告げると、アーサーが口を開く前にアメリカが重苦しい調子で言葉を投げかけてきた。
アーサーから視線を移すと、憮然そうな瞳がガラスを隔ててアルフレッドを射抜いてくる。
分かりやすい反応に少し笑って見せれば、アメリカの視線がより鋭く尖ったようだった。
「分かってて、この人を泣かせたのかい?」
「……この顔可愛いと思わない?」
分かっていたのなら、まずは上層部に申し出るなり何なりするべきだったと主張したいのだろう。
確かに、誰も傷つけずに丸く収めたいのならまず言葉を尽くす必要があるはずだ。
その点において彼は正しい。
けれど彼は根本的なところが全く理解できていないのだ。
顎に触れてアメリカの方に向けるアーサーの寄る辺のないといった雰囲気の表情がいかに甘美か彼には分からないのだろうか。
現在の彼の言動と普段のそれを考えれば、分かってもらえそうな気がするのだが。
「こいつに何言ったって無駄だぜ? なんせ悪魔だからな」
「好きな子は苛めたい質なんだよ」
イギリスが口元を歪めて、アメリカよりかは理解の深い発言を返した。
悪魔だから嗜虐的な趣向を持ち合わせていると言い切ってしまうのはあまりにも早計だが、悪魔らしい特性であるのは否めない。
ちゅっとバードキスを落としてから、今にものぼせてしまいそうになっている彼女に笑いかける。
「こういう顔嫌いかい?」
明確な愛情に煽られてぼおっと赤くなった顔がアルフレッドに顎をそっと押されてアメリカの方に向かせる。
そのままとろりと溶けた瞳がアメリカを撫でて、彼を支配していた深刻そうな気配が吹っ飛ぶのが分かった。
熱に支配されているような彼の瞳がぐらりと揺れて、少しずつ情欲に支配されていく。
その色に煽られてアーサーの熱の気配も変化してきたようで、体の芯がくたくたになってくるのが分かった。
イギリスから彼女の体を受け取って、後ろから抱きこむ形を作る。
翼を撫でてやりながら彼女以外には聞こえないようなささやかな声で、アメリカを誘うように指示した。
「あめりかぁ…ここにお前のちょうだい?」
己のペニスに尾を巻きつけて引き上げより秘部を明かりの元に晒しながら、アーサーが陰唇を左右に押し広げる。
弾けるように顔を上げてこちらに視線を向けるアメリカの表情には少し敵意が戻ったようだが、再び甘ったるく呼ばれる声を前に彼の理性は崩落してしまったらしい。
まるで恐ろしいものに触れるように向けられた手をアーサーが引き寄せて、そっと頭を抱きこんでやった。
難しそうな顔をしながら彼女の秘部に自身をつけて、何かを口走ったようだったが酷く不鮮明で聞き取ることはできなかった。
「ふ……っあ…ぁ、ぁああああ!」
「お、ところてん」
「――っ、茶化さないでくれない?」
ゆっくりと欲に支配されたそれを彼女の奥に突き入れると、侵入する質量に比例して彼女が仰け反りながら頂点を極めたらしかった。
完全に淫魔が持っている性的快楽におけるストッパーが機能しなくなり、彼女らの身体特性ばかりが強調されてしまっているらしい。
大きく口を開けてその衝撃を逃そうとしているのに意志とは全く関係のない場所で内壁が戦慄いて、その度に喉がしゃくりを上げた。
それはアメリカにも十二分な刺激をもたらしているようで、眉間に皺を寄せて耐え忍んでいるようだった。
「アーサー、後ろからも入れていいかい?」
こくこくと頷かれて彼女の後孔に触れると、二人が息を詰めたのが分かった。
さっさと一回達してしまえば楽になるというのに、痩せ我慢したいのは男の詰まらないプライドという奴だろうか。
「入れたときに君出さないでくれよ」
さすがに自分がきっかけになって他の男が達するのは面白くないというか、精神的によろしくない。
不愉快とばかりにアメリカが顔を顰めたせいで、アーサーが小さく笑みを零した。
「――は、ぁ……う」
「あんまり慣らしてなかったもんな。大丈夫だ」
体を押し進めると、アーサーが苦痛の混じる声を上げた。
それでも息を吐いてアルフレッドのそれを受け入れようとするアーサーにイギリスが柔らかい口調で声をかける。
そっと頭を撫でられて安堵したのか彼女がイギリスに擦り寄ったので、こちらに一瞥をして意向を伺った後に彼女の唇を啄ばんだ。
そのまま忍び込んできた舌をアーサーは甘受したらしく、イギリスの腕に手を乗せる。
似たような造りの顔をした人物というとどうしても血縁者を連想してしまって、背徳感がいいスパイスを与えているように思える。
正面から二人のキスシーンを見ているアメリカは息を詰めてしまっているようで、ただひたすらに彼らを注視していた。
「ぅんっ! あ……っん、ぁっ……おく、あつぃ……」
弛緩した体を支えながら自身を進めると、アーサーの体がぶるりと震えた。
イギリスのキスから逃れ肩に顔を埋めながら、時折腰を揺らして熱を訴える。
「……本当にイったのか?」
「……悪かったね」
ぜいぜいと息と吐きつつアメリカが達したことを認める。
赤らむ顔を隠すようにそっとアーサーの肩に額を乗せ、すんすんと彼女の匂いを吸い込んだ。
くすぐったそうに笑った彼女がアメリカの方に頭を倒す。
「まあ、この雰囲気だとまだまだいけそうなんだろ。さっさと動きなよ」
薄い壁を隔てた所にある肉感が膨らみ出すのを感じて、これが若さかと思い至った。
自分の精力が人よりも少ないとは感じたことはないが、かといって彼のようによく吐き出すタイプでもない自覚がある。
言われなくともといった意味を込めたのか、小さく舌打ちが聞こえてアメリカが律動を開始した。
「――あっ……は、ぁあああ! んく…あ、っあ……!」
アメリカの動きを見極めてリズムをずらしながら腰を揺らすと、アーサーが身も世もない悲鳴を上げた。
はじめは堪らないという風に頭を振っていたが、イギリスにその自由を奪われてしまいじわりと涙を浮かべる。
人差し指でアメリカを誘ったイギリスが目尻に口付けて、習うようにアメリカがもう片方の瞼に貌を寄せた。
「俺のも相手してくれるか?」
確かに欲情の色は瞳に宿ってはいるものの、余裕のある様子のイギリスが少しだけ頭を傾ける。
何とか頷いて見せる彼女の労わるように撫でてから、彼がようやっとズボンを脱ぎ捨てた。
「ふうん、結構見れたもんじゃないか」
「まあどっかのクソ髭よりもよっぽどな」
肉も筋肉も薄いけれど、筋ばかりという様子でもない。
金色の体毛のお蔭でむさ苦しくは感じないし、何より彼の自身はそれ程グロテスクではなかった。
ペニスだって女性受けしそうなシンプルな形状とでもいえばいいのだろうか。
とはいえ単なる男の局部に魅了される趣味もないので、先程から顕著な反応を見せるアメリカに視線を送った。
ああ、そんなにも食い入るように見詰めていたらさすがにばれてしまうのではないだろうか。
そもそもアルフレッドが心配する話ではないのだけれど、同じ顔だと親近感が湧いてしまうらしい。
「あむ、んふ…んん……は、うぅ」
「……ん、上手だな。いい子だ」
ぱくりとイギリスの自身を口にして、鼻先から甘ったるい音を漏らしながらアーサーが頭を揺らすストロークを始める。
さすがは淫魔の技術は衰えないらしく、顔を真っ赤にしながらでも的確な愛撫を行っているらしい。
ごり、と前立腺を抉ってやれば、籠もっている中でも比較的高い声が上がって、ぴゅくりと白濁が散った。
「……またイっちゃったんだ。かわいい」
「でも、後の方が気持ち良さそうだ。お前下手なのか?」
「――っ、反応見難いから分かり辛いんだよ!」
腹に散ったそれを見ながら笑みを浮かべるアメリカにイギリスが茶々を入れた途端、彼の表情が見る見るうちに強張っていった。
盛大な言い訳の声量にアーサーがびくんと震えたのを察して、イギリスがそっとボディタッチを行う。
女性の扱いは間違いなく彼の方がずっと巧い。
「じゃあ、一旦こいつに止まってもらうか。それでいいか?」
「構わないよ。アドバイスは必要かな?」
少し躊躇ってから、アメリカがこくんと頷く。
それと同じタイミングでアーサーの口から赤らんだイギリスの熱が引き抜かれ、唾液と先走りに濡れた唇が光っているのが分かった。
「当然だけど、はじめは入口の方が気持ちいいみたいだね。だから、大きいストロークとか、入口辺りを集中的に擦ってあげて。それから、奥はゆっくり突いてあげた方が好きだね。全体的にゆっくりをイメージするといいよ」
「分かった」
アメリカが神妙そうに頷いたのがあまりにも場違いで、イギリスが少し噴出したのが分かった。
しかし、それに反論している余裕は最早彼にはないようだ。
抜けるぎりぎりまで腰を引くと、一度吐き出した精が零れ落ちてくるのが見える。
「あ……あめいか、そこ、い…きもち……あんっ、あ……」
くぷくぷと漏れる音と彼女の淫猥な言葉が部屋に響いて、アメリカが歯を食い縛りながら腰を揺らす。
アルフレッドが後孔に挿入しているせいで動きは穏やかだが、彼の律動に合わせて腰を揺らめかせているのが分かった。
「彼のペニスはどんな感じだい?」
「おっきいけど、ふぁあ…だんさが少ないの……っん、ん……」
「ふふ、気持ち良さそうだ。お腹の中一杯になるの好きだもんね」
真っ赤な顔をしながらはふはふと息を出す合間に、アーサーが何とか言葉を紡いで伝えてくる。
アメリカが彼女を刺激するたび、連動して後孔が締まるので、じわじわと快感が広がっていく感覚が堪らなかった。
「なあ、俺のは?」
「ひゃん! ぁ……細めだけど、んぁ……長くて、それにカリもおっきい」
アーサーの指を自身に誘導しながら、イギリスが耳に息を吹きかける。
それだけで彼女が悲鳴を上げて、指先に触れる熱に肩を震わせた。
ゆっくりと彼女の白い指が彼の欲望を這い回って、段差のある場所を気に入ったらしく執拗に境目を愛撫している。
「イギリスのはどっちに入れてもらいたい?」
「おしり……あ…は……っ! っあ、あ、あ……おく、もっと……!」
アルフレッドの問いにアーサーが答えようとした瞬間、手前を刺激し続けていたアメリカが自身を最奥まで一気に突き入れた。
二つの内壁を戦慄かせながら彼女が更なる刺激を求め、それに応じる形でアルフレッドも腰を揺らし始めた。
「ふゃ…ぁあんっ……ひっ…あうぅ、あ、ぁああああ!」
子宮口付近を突かれて、ぴんと背筋を反らしたせいでもともと十分にある胸が強調される。
放って置かれていた頂点を転がしながら、全体を揉み解してやると、泣き声のような喘ぎを零して悶えた。
「ひぁああ! っあ、んむ……!」
そもそも自重で奥深くまで潜り込んでいるというのに、イギリスが腰を掴んで押し込んだ加減で甲高い声が上がる。
全く予想できていなかった責めに目を見開いて、ぞくぞくと全身を震わせる仕草とぎゅうっと搾り取るように動く後孔が彼女が全身で達したことを示していた。
合わせて奥に突き込みながら吐き出してやれば、その度に快楽に濡れた音色が鼻腔から漏れる。
恐らく赤く染まった舌に誘われたのだろうが、アメリカが絶頂を極めていた彼女の唇に貪りつく。
この状態では鼻からの呼吸もできないで随分苦しいだろうが、それもまた興奮を長引かせる要素らしくひくりと太股が跳ねたのが分かった。
くぐもった声の質が酩酊したそれから鋭さが加わったのを不思議に思ったが、イギリスが彼女の自身に触れて残りの精を搾り出そうとしているのを見て納得する。
「――は、あ……ん、ふ……んん」
やっとアメリカが唇を解放して、音を立てて自身を彼女から引き抜く。
それだけで体をぞくりとさせた彼女は熱くて重い呼吸を繰り返しながら、とろとろとシーツを汚す白濁に視線を落としていた。
その呼気が落ち着いてから、後からも杭を抜いてやる。
「そういや、お前口ん中大丈夫か?」
「あー、確かにちょっと苦いかも」
「洗ってきた方がいいんじゃねえの?」
先走りの付いた口内のことを思い出して、アーサーが小首を傾げてみせる。
何度か咀嚼するように口を動かしたアメリカがふふ、とどこか楽しそうに笑って答えた。
その意図を知ってか知らずか、イギリスが眉間に皺を寄せて呻く。
ここまでくるとアメリカの意図なんて丸分かりなのだけれど、どうしてこの男は全く気づかないのだろう。
彼女だって鈍いところはあるけれど、イギリスほどではないと断言できる。
「それより君、アーサーのリクエストに答えるつもりない?」
「え、いや、俺多分もうちゃんと出ないからちょっときついっていうか……」
「入れられる方は出なくたって大丈夫だろ」
彼女の体を撫でながらイギリスに声をかけると、びくりと震えたアーサーが勢い良く振り返った。
恐る恐るされた辞退をイギリスがあっさり却下して、彼女を渡すよう促してくる。
アメリカに助けを求めるように視線をやるが、気まずそうに視線を反らされて彼女の瞳に涙が浮かぶ。
まあ、彼からしてもこれからのは見物だろうから致し方がない。
「や、やだやだぁ……! あ、んん〜〜」
アーサーを受け取ったイギリスが位置を調節しながら彼女の腰を落としていく。
泣きの入った声で抵抗をしようとするが、許してもらえないままゆっくりと砲身を飲み込んだ。
膝をすり合わせて首を逸らしながら、高い段差に擦られる感触に堪えようとする彼女が愛おしい。
「アメリカはどうする?」
「いや、俺はもういいかな」
彼の様子をなるべく冷静な頭で見ていたいのだろう。
予想通りの反応ににやつきそうになる表情筋を制御して、そっとアーサーの膝に触れる。
泣き出してしまいそうな情けない目尻に口付けてやれば、おずおずと脚が開かれた。
たっぷりとアメリカの精液で満たされたそこがこぷりと音を立てて、アーサーが羞恥からぎゅっと目を閉じる。
栓をするように入口だけ挿入して腰を止めると、ふわふわと口元が戦慄いて今にも泣き出してしまいそうになった。
「ひあ……! あんっ…ふぁ……」
「レディを待たせるのは信条に反するんだけどな」
イギリスに尻尾を急に掴まれて、アーサーが感じ入った声を上げた。
それが急場凌ぎで作られたものなのか確固たる信条なのかは知らないが、肩を竦めてからご要望通り一気に奥まで満たしてやる。
膣への挿入感は格別なのか、僅かではあるものの白濁が再び散った。
「やぁっ…アル、おれ、イったばっかり…ひっ、ぁん!」
彼女の主張を無視して満遍なく膣の天井を抉りながら抜き差しを続けると腰が浮き上がろうとするが、イギリスが腰を押し留めてそれを許さない。
刺激を逃がそうとしているのかくねる腰は、むしろ二人からの愛撫をより享受しようとしているようにも見えた。
「あ、あ……アル、もう出ないから……! ひっ、ぁああああ!」
「まだ君ドライでイってないだろ?」
多分明日は腫れてしまうのではないかと思うくらいに充血した膣はそれでもアルフレッドを歓迎して包み込んでくれる。
ぽってりとした陰唇を撫でながら、ゆったりと重いストロークで奥を何度も突いてやった。
「イギリス、精嚢の場所分かるかい? ちょっと奥の方なんだけど」
「この姿勢じゃちょっと難しいんじゃねえの?」
難問とばかりに眉間に皺を寄せて、イギリスが後孔に納まっていたそれを引き抜いた。
自らの腰の位置を調節する間にアメリカが自由になっていた尾を撫でながら体のあちこちに触れていく。
きゅうっと全身が固くなるのと同じようにねっとりと膣が吸い付いてきて、一瞬視界が白ばみそうになった。
「ふぁああっ! ひゃっ……あんっ、ん〜〜ぁ、あ……」
再度奥まで挿入されただけではなくぐりぐりと捏ねられる感触に慄いている内にしかるべき場所に触れたのか、
立ち上がったそこからとろとろと自らの精が湧き出してくるのを呆然と見詰めている。
「やぁぁ…ぜんぶ、でちゃっ……きゃうっ!」
精嚢や前立腺を断続的に刺激させて敏感になった乳首を引っ掻いてやれば、ぴゅくりと勢い良く精液が飛ぶ。
は、は、と何とか息をしながら全てを吐き出させられる感覚にアーサーがいやいやと泣いた。
慰めるようにリズムを取って頭に添えられるアメリカの手すら今の彼女には拷問のようで、真っ赤に染まった肩が定期的に震えている。
時々鼻をすする音が聞こえるのは、垂れてしまったら舐められるとでも思っているからだろうか。
まあ、間違いなく舐めるが。
熱に浮かされたような瞳は今やアルフレッドを見る余裕もないらしく、興奮といくらかの恐怖の間で揺れ動いているようだった。
「……そろそろいいかな」
鈴口を弄っても後からほとんど滲み出さなくなったのを確認して、頃合いを告げると彼女の瞳に焦点が戻る。
「や……だめ、そんなの――ひ」
それでも紡がれる声はあまりにも弱々しく、まるで演技の一環のようにも感じるくらいだった。
翼を羽ばたかせようとする意思も見られない。
確かにこんな状態で複数人の性行為に及んだことなど今までなかったから、抵抗や恐れは抱いているに違いない。
けれど、それと同時に彼女の種族的な趣向において、期待がないというのも嘘になるだろう。
ず、とイギリスの手によってアーサーの体が持ち上げられる。
怯えを含んだ声とねっとりと絡み付いて熱が離れることを惜しんでいる内壁が精神を興奮の一辺倒に連れて行く。
「あ、あ――っ、うぁあっ…ひん! あ、あるぅ!」
イギリスの支えを失った体が沈むのと共に、アーサーがアルフレッドにしがみ付いてくる。
途端に彼女の甘やかな汗の香りを感じて堪らない気持ちになる。
彼女の耳を食みながら、イギリスが前立腺を中心に刺激を行っているのを感じた。
恐らく彼女が評価した通りに高い段差を利用して、こりこりと転がしてやっているのだろう。
その度にアーサーが高い嬌声を上げる。
「っひん……やぁ! きちゃ、っはぁ……も…そんな、あ!」
「好きだよ、アーサー」
「あ、いぁああああ……っ!」
ちゅっと音を立ててバードキスを耳たぶに落としたついでに告げてやった瞬間、彼女の体が一瞬固まった。
それから全身がぶるぶると震え、膣内が生き物のように蠢いて、まるでそもそも性器同士の間に隙間などなかったのだと言っているようだった。
格別の愛撫は後孔でも行われているらしく、イギリスが歯を食い縛って最後のスパートをかけている。
意識が欲を放つことで一杯になっている中で、こんなにも隙間がないのに吐き出してしまったらどうなってしまうのだろうかとふと考える。こんなままでは子宮に行き着くこともできないのではないだろうか。
「――は、ああ…う、ぅああ……や、やっ……あつ、熱いよお……!」
何とも間抜けな危惧を抱きながら熱を解放すると、イギリスも小さく声を漏らしながら達したようだった。
二つの熱を受けながら、アーサーがぼろぼろと涙を零して泣き喚く。
貪欲に快楽を貪れないのは彼女のアイデンティティを構成する性分だけらしく、どれだけ苛まれても下肢は打ち込まれているそれを離そうとしない。
そのギャップにくらくらしながら奥を揺らしてやるとぶんぶんと頭を振られてしまった。
「――悪い、もうちょっといいか?」
「まって、まだあ! っああ! ふぁああああんっ……!」
甘美な快楽に堪えかねたのか、イギリスがゆったりと腰を動かし出した。
最早彼女の口からは甘ったるい悲鳴しか聞こえない。
少々可哀想ではあるけれど彼女が解放されるのはもう少し後になりそうだと見切りをつけて、いつ頃アメリカに代わってやろうとか考えながらも彼女の胸の頂点に齧り付いた。
* * *
チャイムを鳴らして少しすると、少し前にベッドを共にした男が迎えに来た。
そういうと語弊が出そうな気がするが、同じベッドの上にいたのには間違いない。
「やあ、いい夜だね」
「月もないし秘密の話をするにはぴったりだな。紅茶でも飲んでいくか?」
小さな星では地上は上手く照らせず、人工の明かりのみが頼りになってしまう夜だった。
大都市ならともかく、この民家の少ない郊外で明かりを持たずに歩き回ろうという者は少ないだろう。
「いやいいよ。すぐ帰るから」
「そうか、じゃあこれな」
ほんの少し残念そうな響きを言葉に含ませて、それでも手にしていた紙袋をこちらに差し出してくる。
気配からして確認するまでもないが、一応目視をするために袋を開けると白い宝珠が薄ぼんやりと光っていた。
「確かに。今回は迷惑かけたね。あの後彼とはどう?」
「いやいや、死ぬほど楽しませてもらったさ。アメリカとか? 気まずくなるかな、とは思ったけどそれ程じゃあなかったな」
迷惑と言ってから、お手数の方が正確だったと思い至る。
どう考えてもあのときの彼は彼が言う通り、全身全霊で楽しんでいた。
躊躇うであろうアメリカを焚き付ける監督訳として動くこと。
アーサーが抵抗するのなら、宝珠の魔力で持って捻じ伏せること。
何としてでもアーサーを快楽の極みに誘うこと。
それが事前に彼に依頼していた項目だった。
イギリスはものの見事こちらの要求を達成してくれたというわけだ。
彼女の意識が飛んでしまうまで抱き潰した後、さっさと撤退してしまったので彼らがどうなったのかは気になっていたから、詰まらない答えに少し眉を上げて見せる。
「でも君、彼見て可愛いとまで言ってたもんね。新しい扉開いたんじゃない?」
「はは、まさか」
質の悪い冗談とすら思ってもらえなかったらしく、イギリスは笑顔を崩さないままだった。
ここまでくるとあの男が段々哀れに思えてくる。
アーサーに対する没頭具合とイギリスの行動への注視、カマをかけた際の反応からしてアメリカがこの男に気があるのは間違いない。
というか、男がストライクゾーンに入らない男の体液なんぞ口にできるものか。
男性のその辺りの割り切りは女性のそれの足元にも及ばない。
それに全く気づかないのは気づきたくないからなのか、冗談抜きで彼が鈍いからなのかそこまでは判断が付かなかった。
「どうかしたか?」
「いや、次の仕事も大変そうだなあって思ってね」
あれこれ考えている内にできてしまった沈黙に小首を傾げられて、慌てて適当な返事をする。
それから、彼らを仕事にするのも面白そうだと気がついた。
関係からして恐らく長々と恋をしている青年と好色だけれど驚くほど鈍い男の仲を引っ掻き回す。
相手を地獄に落とすようなシビアな仕事ではないけれど、ある程度人生はあざなえる縄の如しの類の仕事の枠が悪魔にはある。
波乱万丈のハッピーエンドを企画するのもたまには楽しそうだ。
そんなことを思いながら彼はイギリスの労わりの言葉を受けて笑顔を作った。