彼女を抱いた。
もちろん、最近行きつけのパブで働いている美人と評判のジェニーではない。
もしそうだったら、これほど困ってなんかいなかったのだけれど。
じゃあ誰かと言うと、あの人だって言葉を濁したくなってしまう。
けれど、大体これで目星が付いてしまいそうな気がする。
俺があの人なんて呼ぶ人は一人くらいしかいないんだから。
つまり、ここでいう彼女であり、あの人である女性はイギリスの名を冠するあの人だ。
そう、アーサー・カークランド。
最近彼女の国は経済的にぼろぼろだ。
俺の国に援助を求めるくらいには、苦しい状態だったらしい。
契約が交わされてから二人で叩き込まれた部屋でちょこんとベッドに腰掛ける彼女の肩がいつもより小さく見えたのは、多分俺の思い込みだけではなかったと思う。
国勢がもろに体に影響するのが国だから。
しかしベッドに腰掛けるなんてレディのすることじゃないとは思ったけれど、口に出しては言えなかった。
だって、どうしてさっきまで談話室で肩肘ばった話に付き合っていた二人が送り込まれた先が、どう考えても寝室の作りになった部屋なのか。
考えてみると恐ろしい。
だからといって、他に話すようなことなんてほとんどなかった。
最近どうとか差し障りのない質問はさっきまでのあれこれで遠に自明になってしまっていたし、もう少し突っ込んだ話をして彼女を怒らせるのも気が咎めた。
たとえ相手が誰であろうと弱った人と言い合いをするなんて、ヒーローらしくないからね。
けれど、その迷いが膠着した沈黙を生んでしまったのは確かだった。
沈黙の中でアーサーがシャツのボタンを外そうとした瞬間、何が起きたのか分からなかった。
思わずその手を止めたけれど、彼女ときたら状況が読めないとばかりにぽかんとしていて憎らしいくらいだった。
全く、状況が読めないのはこっちの方だっていうのに。
一体全体どういうつもりなんだって聞いてやったら、何度も瞬きをする時間を開けてからなるほどって小さな声で返事があった。
これはお前の所の上司辺りが独断でしたんだな、とアーサーが言った。
何が何だか分からなくて黙っていたら、やっぱりガキだなあって少し楽しそうに彼女は笑っていた。
それでもそんな時間は長くは続かなくて、ふうっと溜め息が漏れると共に彼女の瞳が真剣味を帯びる。
彼はイギリスに屈服を求めてる。
確かに政府間での取り決めにおいては既に契約は結ばれたんだけど、もっと個人的なものを望んでいるんだ。
昔からこういうのって結構あったんだぜ?
劣勢側が休戦を申し込んだり、それこそ負けを認めたときに俺達を差し出すのは珍しいことじゃなかった。
契約においての代償というか、覚悟っていう点では単純明快だろ。
そんな風に彼女は事も無げに言ったから、思わず馬鹿だろう君は、と罵ってしまった。
ナンセンスだ時代錯誤にも程がある。そう叫ぶ相手が間違っているのは確かだったけれど、それでも喚かずにはいられなかった。
俺が? この人をどうするって? そんな。そんなまさか。
元宗主国を屈服させるチャンスなんて早々ないってなると、思い切ったことだってできるんだろうな、なんていう彼女の意図はさっぱり分からない。
だって、俺の上司や周辺の人々は宗主国だった彼女を見たこともなかったんだから。
彼らは不当に受けてきた抑圧を知らないはずなのに、どうやってイギリスを憎むのだろう。
分からなかったけれど、そういうものなんだ、と彼女は目を伏せて口にした。
過去から要請されているとでも言えばいいのかな、なんて言ってから、瞳が俺を射抜く。
分かってる。
正式に取り決められたことが簡単に覆されるなんてそうはないだろうな。
それでも、嫌がらせの一つや二つ難しいことじゃない。
そんな詰まらないことで、俺の国民を苦しめたくないんだ。
「……不安要素は少しでも取り除きたい。方法はお前が選んでくれ」
頼む、分かってくれ。そう言われて、どうして首を横に触れただろう。
ただ、あのときあの人を殴ってしまったら、ただでは済まないと感じたんだ。
それ程彼女は弱っていた。
暴力の行使以外に人を屈服させる手段なんて一つしか思いつかなかった。
だからこそ、彼女はシャツのボタンに手をかけたのだ。
未だにアルフレッドのことを弟だと思っているであろう、彼女がどんな気持ちでここに来たのかと考えると鼻がつんとなった。
凪いだアーサーの瞳を見て、ぐっと息を飲み込む。
抱き寄せた瞬間体に伝わってくる脆弱な曲線と感謝を述べる言葉に耐え切れなくなって、抱きしめる手に力が籠もった。
幼い記憶を手繰り寄せても、こんなに脆い印象のあるときなど一瞬たりともなかったはずだ。
こんな人を抱かなければならないのだと思うと、とても辛かった。
だからこそ、その辛さで一杯になって、他のことを気にせずにすんだのかもしれない。
彼女が頬に優しいキスをくれたのを合図に、後はもう彼女を傷つけないように必死だった。
茶化すようでもなく注文があるか、と聞いてきた彼女に君が一番楽なように、と返答した。
綺麗な形の胸を弄っている間は少し籠もった荒い呼気が響いて、くらくらするのを何とか押さえていた。
飾りに甘噛みをした瞬間にひくりと喉を鳴らして、アルフレッドの髪に指が差し入れられる。
彼女からしたら快楽に溺れた方が良かったのか、それとも凶行に堪える方がまだましだったのかは未だに分からない。
ただそのときは、彼女が辛くないようにと理性的な所が叫び続けていたのを覚えている。
あまり声を上げられないから不安だったのだけれど、服を脱がせて秘所に指を這わせるとちゃんと濡れていてあからさまに安心してしまったらしい。
アーサーが少し苦笑して、やっぱり声出した方がいいかって、今度こそ茶化すように尋ねてきた。
いらないよ、そんなリップサービスって、口を尖らせてやったらどこか嬉しそうに彼女が笑った。
くりくりと芽を弄ってやったらさすがに、ひ、と喉を震わせてから表情を硬くする。
は、とかあ、とかいった単音が彼女の口から零れだすのは当然ながら新鮮だった。
何となく甘ったるい声を遠慮なしに出すタイプだとばかり思っていたけれど、そうでもなかったらしい。
好色らしいのに、こんな一面を持ち合わせているなんて思いもしなかった。
正直、結構興奮する。
腫れぼったい奥に指を滑り込ませれば、歯の奥からかちりと音が響く。
ぐじゅぐじゅになったそこを指を増やして掻き回すと、ふあ、と少し派手な嬌声が上がった。
見上げれば頬を真っ赤に染め上げて、アルフレッドの視線に堪え切れずに視線を逸らされる。
声が上がった辺りを撫で上げてやると、ふるりと肩を震わせた。
「ある、アルフレッド、もういいから」
おいで、と囁かれた瞬間に、いつ間にか彼女に魅了されている自分に気がついた。
どうして優しくしなくてはならなかったのか、どうして彼女を抱くことになったのか。
一体二人の行為が何を意味しているのか、まで遡ってから、最初の一つ以外思考の外に追い払った。
彼女が姉だったこと、借金の方の一つとして身を差し出していること、どちらも知らないふりをする。
ぽろぽろと小さな可愛らしい声を上げて、俺に身を預けるこの人だけを真実にしたかった。
「かわいい、アーサー」
「ばか、そんなの言わなくっていいんだよ」
「本当だよ。本当にそう思う。かわいいよ、かわいい……」
くちゅりと音を立てて秘所に触れてやれば、アーサーは何も言えなくなってしまったらしかった。
首筋に緩く歯を立てながら自身の挿入を始めると、初めて彼女から俺にしがみ付いてくる。
溶けてしまいそうなふっくらした内部はかろがろした体を思うと信じられない。
くぅ、と鼻を鳴らす彼女の体に力が入るのだけれど、それではいけないと何とか口を開けて深く呼吸をしようとする。
は、ひ、と漏れる声は甘ったるい一方で難儀しているのが窺えた。
久しぶりなの、と尋ねると、最近そんな余裕なかったから、と荒い息の合間から声が返ってくる。
根元まで収めきって一息つくと、同じように安心しきった吐息が漏れ出した。
抱き寄せてやれば、すりすりと額が鎖骨辺りに当てられる。
まるで恋人のようなやりとりにくらくらしてきて、もっと奥まで届くように腰を押し付けた。
途端に震える呼気が愛おしくて。さっきまで何とも思っていなかったというのに、男というのはなんて現金なものだろう。
動くよ、と宣言をすると、小さく頷いて了承された。
「あ、は……ん、っ…ぁ」
鼻にかかった甘ったるい声が律動に合わせて押し出されて、額がぎゅっと押し付けられる。
無理やり声を押さえ込んでいるわけではなさそうだから、素に近い姿なのだと思う。
顔が見たくて手で額を押し上げれば、とろんとなった瞳が俺を見上げてきた。
少し強く押し上げてしまうと、途端に呼気が引き攣ったので僅かに残る自制心を出動させてぐちゃぐちゃにしてしまいたい心を抑え込む。
多分、今のこの人には受け止めきれない凶行に違いない。
少しでも痛くないように、辛くないように、と呪文のように心中で唱えた。
「あ、そこ……」
「気持ちいいかい?」
「ぁ――ん、うん、きもちい……」
ひゃ、と声が裏返ってから、アーサーが同じ位置への刺激をねだってくる。
深めで分かりにくい部位だったので、派手に動かしてはポイントを見失ってしまいそうだった。
だから腰を揺らめかせて同じ場所を刺激してやると、ぴんと背中を逸らせてぽろりと涙を零す。
喉が絞まったのか掠れてしまった声が荒い息の間から聞こえてくるけれど、俺の獣じみた声に掻き消されてしまいそうでもあった。
なんて密やかな情事だろう。
だからこそ彼女の一挙一動がとても大切で、ぞくぞく震える腰を撫でてやりながら真っ赤になって快楽に浸っている彼女を窺った。
「あ…アル、あるぅ……も、おれ」
甘えているような泣いてしまいそうな声音で限界を訴えられて、応える自分の声が馬鹿みたいに浮ついている。
かわいい。この人がこんなにも可愛かっただなんて知りもしなかった。
知っていたら、子供の頃の自分では到底この欲求を抑え切れなかったと思う。
いや違う。今だってそうだ。
この可愛い人が猛烈に欲しくなってしまった。
理性は随分と影を潜めてしまったけれど、それでも感情や本能以外のところからの要請を感じる。
これはただ、熱に犯されたうわ言なのか。それとも。
ああ、と高くてほんの少し大きな嬌声が甘い尾を引いて、ふるりと彼女の体を震わせる。
戦慄きと共に締め付けられた膣内に堪えられずに放ってしまった後、何一つ避妊らしき行為をしなかったことに気がついた。
己の欲望を彼女の胎内に解放する背徳感と断続的な刺激に苛まれる啜り泣きに近い声に、背筋がそば立つ。
最後の一滴まで注ぎたくて奥の奥まで突き入れれば、とろとろになった声が響いた。
それを最後に彼女は少しずつ落ち着きを取り戻して行って、それからありがとうと子供のようにはにかんだ。
結局俺がどう思っていると感じているかとかどんな気持ちだったのかとか、そんなことは聞けないままに彼女はそっと目を閉じる。
程なく聞こえてきた寝息に、彼女の衰えを感じずにはいられない。
彼女のかさついた唇にそっと指を当て、過去の姿を思い出す。
己が幼い頃の優しい表情や成長期に見せた反発を抑えようと躍起になっていた彼女に最早バイアスがかかってしまっていることに気がついて、あんまりな単純さに笑いが込み上げた。
まあ、そんな風に余裕があるような気がしていたのも、よくよく考えれば余裕があるとかないとかいう以前にマイナスの領域に足を踏み込んでいたのではなかろうか。
常軌を逸してしまえば、むしろ冷静に見えるのはよくある話だ。
あのときの自分がもう一度舞い戻ってきてはくれないか、と思わずにはいられない。
そうでなければ、午後からある会議をどう乗り切ればいいのか全く検討が付かないのだ。
このままでは視線の一つまともに合わせられない。
一発ヤったくらいで過去の関係も因縁も無視してどきどきしてしまうなんて、まるでチェリーボーイだ。
ぐるぐる回る悔恨の隙間から、それでも見える真実が一つ。
それは仕方がないと思えるくらいの彼女の可愛らしさだった。
「俺は初めてあの人を見たのかもしれない」
口にして、実感する。
ずっと俺は、イギリスとして親代わりとして彼女を見てきていたのだ。
だからずっと気づかなかった。
あの人のすべてに。