さっきからそうかもしれないと危ぶんではいたのだけれど、シモンにズボン越しに触れられて確定してしまった。
腰を引きたくなるような感覚と共に、下着が抵抗もなく内に入り込んだのだ。
しっかりと濡れていなければそんなことがあるはずがない。
快楽からというわけではなく、ただ単に発情したかのような体の反応に薬のせいとはいえ情けなくなる。
「やっぱり濡れてる」
脱がされた瞬間に空気がやけに冷たく感じたので、言われなくても分かっていたことだった。
わざわざ分かり切ったことを挑発的に言ってくるシモンを軽く殴ってから、来るべき衝撃に備えてシーツを掴む。
「え、あ、シモッ……ぁ、ああ…っん、やっ…ふ……!」
シモンがゆっくりと這わせたのは指ではなく、もっと柔らかな舌だった。
基本の順番を抜かした行動に動転して引こうとした腰は片手で引き留められしまい、逃げることも叶わない。
好き勝手に舐めていた舌が一度離れ、代わりに指が固定するような動きをとった瞬間に背筋に寒気が走る。
「――ひぁっ! あ、やあっ……ぁ、ひ…ゃ」
剥き出しにされた芽に歯を立てたれて見も世もない声が上がり、背が反った。
シモンの手を敷いたままに体がシーツに沈むや否や根に近い所に噛み付かれ、もうすすり泣きに近くなった声が漏れる。
先程の言動だけでも十分火照っていた顔により血が集まって、頬に触れるシーツが冷たかった。
「っあ……んんっ…あ! もっ…や……っ!」
やわやわと甘噛みされながら、いきなり二本指を突っ込まれた。
遠慮なしにだらしなく溢れる液体を掻き混ぜ空気を含まされるとそれだけで頭が白くなる。
「ん、イっていいよ」
視線を少し上げて喋るせいで不規則になった口からの刺激に怯えに近い感情が沸き起こる。
こんなに簡単に限界にまで引き上げられて、自分は最後まで正気でいられるのだろうか。
「つぅ……あ……! ひっ…ゃ、やっ――!」
ぐるりと腕を回しながら引き抜かれて再び埋められた瞬間、意識が弾けた。
足の小指が痛いほど広がって引きつり、背が反って腰まで浮き上がってしまう。
「っああ…や、ぁ、やめっ、ぁっ…ぁあ!」
達してしまった後もシモンの指はゆらゆらと蠢いて、刺激を必要以上に感じ取ってしまうヴィラルを苛んだ。
水音は先程とは打って変わってのおとなしさなのだが、前までと大差ない痺れが腰にわだかまる。
「……顔真っ赤」
粘液に濡れた唇を舌で舐めとって、シモンが耳元で囁いてきた。
指はその前に止まっていたけれど、その上ずった声を乗せる吐息だけで体が震える。
シモンもすぐに気づいたらしく、わざわざ耳に息を吹きかけてきた。
「ヴィラル、分かる? こうやって息してるだけで気持ち良くて俺の指締め付けてる」
分からない、本当に分からなかった。
耳に息を吹き込まれているからこんなにも体が震えるのか、それとも指の感覚が快感に変わっているのか。
ただ、意識すればするほど締め付ける力が強くなって、気取ったシモンが笑みを深めた。
「いつもとどんな風に違う?」
「ん……熱、い」
シモンの問いに答えると、他には、と続きを促される。
考える最中にも完璧には静止できない指の微弱な動きに意識が乱れ、いっそのこと動かして欲しいとまで思った。
間違いなく体は先を欲しているのに、それでもシモンはその指と吐息でしか愉悦を与えてくれない。
半端な刺激よってかきたてられる、形容しがたい腹立ちのようなそれは。
「よく分からないんだが、いらいらするが一番近いな」
「……多分それ、むらむらするだと思う」
むらむら、と言われてもそれほど経験のないことなので、比較する状況が浮かんでこない。
合点がいかない様子が面白いのかシモンが小さく笑った。
「――っあ! んっ…は……あ…」
目を細めたままでシモンが一度壁を強く押してから、ゆっくりと指の抜き差しを始めた。
どこを刺激する、という意志のない動きに細めた目から浮かんでいた涙が零れる。
目許を舐め上げられて、一度目を閉じてから再び瞼を上げた。
「どう? 治まった?」
「治まったというか、よく、っんぅ…」
話そうとしているのにシモンが指を止める様子はなく、ヴィラルは口を閉ざす。
一応意志は通じただろう、もう先程の感覚はどこかに紛れてしまっていた。
そっか、とシモンは呟いて、ゆるゆると指を前後に揺らす。
穏やかとも取れる刺激は浸るには丁度よく、呼吸が浅くなって肺の奥に溜まっていたような息をヴィラルは吐き出した。
どうせもっと先が欲しくなるのは目に見えてはいるが、無心に頭を撫でられるような充足感が胸を占める。
「ふ……んん…、は……ん……」
シモンの様子を見ようとして、ヴィラルが下がっていた視線を上げる。
その動作に気が付いたらしいシモンは触れるだけの口づけをヴィラルに落とし、一度ぎりぎりまで指を引き抜いた。
「あっ……ん、ん!」
指を戻すときにもう一本の指が添えられたと気づいた瞬間、シモンが三本の指をきつく曲げた。
高く上がるはずだった嬌声は始めに口を開いた際に、深くに舌が滑り込んできてくぐもって消える。
そのまま中を広げるような動きが始まって、鈍い悲鳴を上げる他に何もできない。
酸欠もあいまってか意識に靄がかかり始めた頃に、やけに鮮明な音が響いた。
シモンも電子音に気が紛れたのか指の動きが止まり、ヴィラルから顔が離れる。
「……お前の電話じゃないのか」
二、三度深呼吸をしてから問いかけると、シモンが視線を宙に漂わせる。
「居留守したい」
「どうせロシウからだろう? さっさと仕事を終わらせてやれ」
暗に電話に出ろ、と要請して腰の下に敷いたままだった手を解放するべく、ヴィラルは腰を逸らせた。
シモンは渋々といった風体で腕を抜いて、中に納めていた指も引き抜く。
それだけで背筋に走るものがあったが、声は出さずにすんだ。
「じゃあ、行ってくる」
シモンはそう言って立ち上がって、電話を手に取ると台所へ続く扉を開けた。
戸が閉まる音が響いて、ゆっくりと息を吐き出した。
シーツが汚れるのも承知でベッドに潜り込んで、体の熱との温度差に思わず震える。
さすがに呼び出しがかかる程の用件ではないだろうが、良くて十分悪ければ三十分は優にかかるだろう。
一度達してしまっている体は思いの外だるくて、じっと目を瞑っていれば眠ってしまえるかもしれなかった。
と、思ったのだが、呼吸は深くなったまま弱まることを知らず、籠もる熱も治まる様子がない。
熱に関してはむしろ強まるほどで、シーツを掴んでごまかそうとするがなんともならない。
だるさを訴える体に無理やり火を点けているのは間違いなくあの薬だ。
「っ、う……」
足をずらした途端に訪れた痺れに背が丸まり、息が浅く早くなる。
その程度の振動で体が悲鳴を上げたのだ。
先程までの効力などほんの準備運動に過ぎなかったということなのだろう。
シモンが帰ってくる前にどこかに逃げ出したい。
恥ずかしいとか浅ましいとかそういう感情からではなく、本能的な恐怖からだった。
自分の精神が持つ気がしない。
何をしてしまうか、何を言ってしまうか分からない。
ただひたすらに恐ろしかった。