しまった、としか言いようがない。
 何が一番悪かったというのなら、自らの内にある好奇心だろう。
 いつもより荒れる愛しいひとを見てみたいという愚かな男の欲望が彼女を傷つけてしまったのだ。
 彼女がつまらないなんてことは全くなく、触れても触れても飽き足らない。
 だからこそこんなことに及んだのだ。


 けれど、同時に堪らない気持ちになる。
 こうやって傷ついてくれるのは、ヴィラルがシモンを思うがゆえだったろうから。


 ヴィラル、とゆっくりと呼んで輪郭を掌で包み込みこちらに向かせると、ヴィラルは気まずそうな視線を合わせてくる。
 親指で頬の柔らかな産毛を撫でて、そのまま人差し指と中指で耳を挟んだ。
 小さな刺激にも思うところがあるのか、ヴィラルが瞼を少し下げて目を細める。


「ごめんな、ちゃんと説明して飲んで、って頼めばよかった」


 優しい彼女のことだから始めは嫌だと言っただろうが、最終的には首を縦に振ってくれるに違いなかった。
 ついさっき始めに吐いてくると言ったときも、抵抗したのは最初だけでその後は止めろだなんて口にしなかったのと同じように。


「そういう問題なのか」


「そうしてれば、少なくとも俺がどう思ってるかは教えられただろ?」


 頬を包んでいた手を斜め上に滑らせて髪に指を絡ませようとすると、耳たぶが折れてヴィラルの肩が縮こまった。
 小指を耳に入れただけで、ふるりと震え重たい息が零れる。
 いつもよりも敏感な反応に薬が効いてきているのだと実感した。


「お前のことをつまらないなんて思ったことは一度もない。でも、こういうのは男のロマンというか、好きな子ほど苛めたいというか」


「……訳が分からん」


 ふて腐れた様子でヴィラルは漏らしはしたが、シモンの首の後ろに両手を回す。
 爪で傷つけないようにと、丁寧に掌を先につけてから指を触れされるその動作にどうしようもなくシモンは嬉しくなった。
 ああもうこのまま抱き締めて眠ってしまってもいいかもしれない。
 いや、絶対しないけれど。


 片腕をベッドに突いて体を支えなければならない態勢を恨みながらシモンがヴィラルの体を抱きとめると、首に回された手に力が籠もる。
 耳元に彼女の唇が近づいた刹那、思考が一瞬以上停止した。


「え、っな、ヴィラルもう一回!」


 顔が耳元からシモンの正面に戻ってやっと、感動なんだか何だか分からない衝撃のままにシモンは叫んだ。  ヴィラル自身かなりの勇気で持って放った一言だったようで、シモンの言葉を受けて顔が真っ赤に染まった。


「そう何度も言えるか!」


 叫んでからヴィラルがシモン首から両手を放し、拘束も気にせずにベッドに沈む。
 予想しなかった行動にシモンの片肘が砕けて顔からヴィラルの体に突っ込みそうになるが、崩れた腕がどうにかぎりぎりでシモンを支えた。
 一瞬目を丸くさせたヴィラルがふっと表情を緩めたのを見て、シモンも口元を上げる。
 ひとしきりへらへらと笑った後、シモンはヴィラルと唇を合わせた。


「ふ…ん、……は」


 唇をわずかに開いてシモンを招くヴィラルに応じて、先程よりもほのかに熱い口内に舌を這わせる。
 体を支えているのは肘より上なので自由な手で耳を弄り、もう片方の手で腰の輪郭をなぞるとヴィラルの手が所在無く揺れた。


「服、羽織った方がいいか?」


 少し顔を離しただけで問うと、ヴィラルが顎を引くだけで答える。
 最後に軽く音を立てて唇を啄んで、シモンは暫しヴィラルから体を離した。
 クローゼットを開け、少しごわつく上着を取り出してベッドに放る。
 シャツのボタンを外して脱いでしまうと代わりに上着を羽織った。


 爪のせいかヴィラルは背中に手を回すどころか、腕に触れることすら躊躇うことがある。
 気遣いはありがたいのだが、男としては正直物足りない。
 どうしたものかと調べていて行き当たったのが、作業現場などで使う裂傷を防ぐ耐切創布だった。
 その布を使った上着を着れば、少なくても切り傷を負うことはない。
 シモンとしては少しものたりないとは思うのだけれど、妥協点として定着してしまっている。


 一回ぐらい背中を傷だらけにしてもいいんじゃないか、だなんて思いながらヴィラルのほうを見ると、当然のように中途半端だった服を脱ぎきっていた。
 不服の意を込めて見つめる視線に気づいたらしく、ヴィラルがちらりと視線を返す。


「ワイヤーが歪んでも困るだろう」


 視線をすぐ手元のブラジャーに戻して、すでに畳んだ服の上に乗せる。


「やっぱり歪むと問題あるのか?」


「痛い」


 現実的なことを言われて、なるほどと呟く。
 呟きながらスボンに手を伸ばすと、ヴィラルの肩が小さく揺れた。
 太股から尻にかけて撫で上げるとそれだけでも息を飲んで、普段よりも大きく反応を返す。


「じゃ、こっちも早く脱がした方がいいな」


 それとももう手遅れかと耳に吹き込むと、急な雰囲気の変化についていけなかったらしいヴィラルが戸惑いの視線を投げた。
 その視線を無視し、シモンはヴィラルのズボンを脱がしにかかる。


「待っ、ん……ぁ…」


 手を伸ばしてヴィラルが制止を止めるために、ズボンの上から股を押し上げた指に湿り気を感じた。
 ズボンには気配しか伝わっていないようだったが、下着はすでに駄目になってしまっているかもしれない。


「恥ずかしい? そんなに触られてもいないのにこんな風になって」


 底意地悪く問いかけると、元々赤かった顔が余計に赤くなる。


「お前が薬なんか飲ませるからだろう……!」


 少し声が震えていた。
 薬はいい加減本腰で利いてきたようで、震えているのは恐怖に近い感情なのかもしれない。
 ヴィラルは自らの力の強さを熟知しているからか、我を忘れさせるような感覚を苦手としている節がある。


「うん、そうだな」


 責任を取らせて貰いますとばかりにズボンを脱がせようとすると、小さな舌打ちが響いてヴィラルが腰を上げた。
 そんな同意を暗に意味する動作も嬉しくて思わず頬が緩むのを感じる。


 自分ばかりが思っているのだと思ってしまう、と彼女は言った。
 後でこっちの台詞だとしっかり教えてやらなければ。