ままならない





 これほど酷いのは初めてだった。


「んんっ……ぐ…ぅ」


 もう声を押さえようだなんて思う気持ちもないのに、ヴィラルの口内を犯す異物が自然と声をくぐもらせた。
 地面に這い蹲らされて、もうどれほどの時間が経ったのか。
 一時間や二時間などという可愛いものではないのだけは分かっている。

 膝で足を畳んだ状態で足の付け根と足首を拘束具で一緒に留められて、その脇に手を縛られた。
 結構自由度のある拘束法だと思ったのは最初だけで、認識の甘さを思い知った。
 座るくらいはどうにかなるのだが、それ以上のことはできそうもない。
 その反面、シモンはかなり好き勝手に動かせるという中々どうして都合のいい仕様だ。


「――っふ、ぅんんっ!」


 暴力的な刺激に身を震わせて、震えるバイブに歯を立てた。
 体が緊張したせいで余計に二つの振動を感じてしまって、どうにか働いていた思考が解ける。
 最早それが気持ち良いのかすら分からなかった。

 どうにか体を弛緩させたとき、大きな金属音が鳴り響いた。
 突然のことに肩が跳ねて、その瞬間押さえ込んでいた体が限界まで押し上げられる。


「んっ――! ひぐっ、んぁ…ん、ん!」


 膣内がきゅうきゅうと締まって限界を訴えているのに、無慈悲な機械は単調で凶悪な快楽を与え続ける。
 いっそのこと狂ってしまえばいいのに。


「酷い様だな」


 新鮮な風と共に急に上から声が降ってきて、顔を上げる。
 そう遠くいるはずもないシモンは馬鹿みたいに流した涙に阻まれてぼんやりと霞んでいた。

 助けて、とくぐもった声でどうにか口にすると、シモンが口角を歪ませる。
 シモンはしゃがみ込むと、でヴィラルの後頭部に回されているバンドを外した。


「噛むな」


 ぱん、と軽く頬を張られ、いまだに歯を食いしばっているのに気が付いた。


「あ、ゃあっ……も、やだ…やっ、シモン!」


 歯型だらけのバイブが口からなくなると、掠れた弱音が口をついた。


「飲め」


 嘆願を無視して、シモンが目の前にペットボトルを出した。
 震える唇を開いてペットボトルの口を加えると、冷えた水が滑り込んでくる。
 快楽を与え続けられる身で水を飲むのは厄介だったが、長い間何も口にしていなかった体は喜んでその水分を受け取った。


 水を飲ませ終わると、シモンがヴィラルの腰に手をやる。


「ひぁっ…ぁ、あああ!」


 口と同じようにバンドを外して、シモンが二つのバイブを引きずり出した。
 ずっと埋まっていた物がなくなっても、痺れた粘膜の熱は冷める様子はない。


「……え、あ」


 立ち上がったシモンが手に持っている物がシャワーノズルだと気づいてやっと、ここが風呂場だったのを思い出す。


「こんななりじゃ抱く気も失せる」


 長い間苛まれて、汗や涙できっと酷いことになっているのだろう。
 鼻水だって出ていてもおかしくない。
 シモンが俯せの体を引き上げて、正座を崩した体勢でヴィラルを座らせる。


「……ぅ、ふ…ぁ」


 蛇口を乱暴に捻ると、冷たい水が肌を叩く。
 それだけで背筋に甘さが走って、消え入りたくなった。


「っあ、シモッ…ん、は……」


 暖かくなってきた水を止められて、代わりに泡に塗れた手が体の上を滑っていく。
 水で表面上だけ冷えた体に掌が暖かい。
 その体温がもっと欲しくて、体をシモンの方に傾けた。


「まだ足りないのか?」


 小さな笑いが風呂場に響いて、頬がかっと熱くなる。
 違う、と否定しようとしても、言い訳になるような言葉が見つからない。
 多分、冷酷無慈悲な刺激に耐えかねて、自分はおかしくなってしまったのだ。


「あ…っん……ゃ…」


 ずっと膨らんでいる胸の頂点を弾かれて、思わず頭を振る。
 ゆっくり胸を押し上げられて、背中まで手が回される。
 これほど近づいてはシモンの服が汚れるんじゃないかと危ぶんだが、時すでに遅く。
 泡が付いたくらいどうでもいいことなのか、背中に回った手が腰に下がってくる。


「……ん」


 撫で上げた指先を追うように腰が跳ねた。
 膝に手を添わされて、身が竦む。
 それでも言葉もなく促されると、冷たい刺激だけに晒された体は膝を割らざるを得なかった。


「は…あ……っん…く……」


 泡を足した指がゆっくり輪郭をなぞった。


「んゃっ…あ、んんっ!」


 見てもいないのにシモンの指が的確に長いことおざなりにされていた膨らみを摘まむ。
 ぞくりと背に痺れが這い上って、洗い流したはずの目許に再び涙が滲んだ。
 与えられる刺激に体が逃げを打つが、シモンに髪を引っつかまれてすぐに抵抗できなくなる。


「触ってほしかったんだろ?」


 耳元で囁かれて、かぷりと歯を立てられる。


「ひぅっ…ゃあっ、ぁああ! いっ…ぁっ……」


 同時に指が摘まんだ芽を擦って、太股に括られた手首が悲鳴を上げる。
 背が反って、髪が余計引っ張られるのだけれど、痛いのかすら分からなかった。


「ぅあ……は、シモッ…」


 人差し指と中指が離れて、代わりに薬指を加えてゆっくりとヴィラルの中に指を埋めた。
 禄に抵抗もなく入り込んだ指は、来るであろう衝撃にヴィラルが体を堅くしても動かなかった。
 粗く震える呼吸を繰り返しながら、シモンを見上げるしかできない。


「……物欲しそうな顔だな」


 嘲りとも満足とも取れるふうにシモンは笑って、泡でいつもより滑りのいい腰を撫でる。
 一度尻の方まで手が滑っていって、脇の下まで撫で上げられた。
 シモンの手が通って跡のできた場所を中心にしてぞくりと鳥肌が立つ。

 シモンの望みが手に取るように分かる。
 普段の行動は脈絡がなかったり、自分程度の洞察力では意図するところなど全く分からなかったりするのが大抵だ。
 けれどこの、シモンがヴィラルを組み敷くときだけはシモンの直球な欲望の大凡が読み取れた。
 足りない部分はこれまでの経験で十分埋められる。

 シモンは今、ねだらせようとしているのだ。
 ただ勝手にヴィラルが口にするのではなく、自分が促すという方法で。


「どうしてほしい?」


 普段よりも低い艶がかった声が鼓膜を犯す。
 言わなければいけない言葉を嫌でも想像してしまって、反射的に頬に血が集まった。


「どうした、口も聞けないか?」


 泡に塗れた手が唇を割って口内に押し入ってきて、泡の味に眉を顰めた。
 お構いなしにシモンの指は泡を擦り付けるように舌を撫でる。
 どう足掻いても毒にしかならなさそうな苦みにえずきそうになる前に、シモンが指を抜いた。


「ほら、言えよ」


 お前がそれで少しでも満たされるなら。


「指、もっと奥まで入れてください……」


「どの?」


「ぁ…今、わたしの」


 わたしの、と続けて、言葉が止まる。
 この前具体的に言ってみたら、気に食わなかったらしく始終機嫌が悪かった。
 ねだって欲しい癖にあんまりにも赤裸々だと駄目らしい。
 当然こっちだって凄まじい羞恥の中で口にしたというのに、あれでは割に合わない。


「私の中に入っている指を、そのまま奥まで入れてくださっ、んんっ!」


 第二関節までに止まっていた指が根元まで押し込められた。
 バイブのそれとは違う充塞感に震えが走る。


「それで?」


「上の方触ってほし、――ぁ、ああっ!」


 言葉の途中で容赦なく指が曲がる。
 爪先で引っ掻かれたのなら痛みも感じようが、指の腹で抉られているらしくて圧迫感を感じる。
 ただ、そんな違和感を捕らえたれたのは始め一瞬間だけで、好き勝手にかき回し始めた指先に意識が解けそうになる。


「っ、ひんっ……ぁ!」


 触ってほしい所をいいように弄られて、息が上がってしまい禄に声も出ない。
 苦しい、もう止めてほしいと思う反面、今止められてしまうと堪らないので否定の声を上げられない。


「……ヴィラル」


 シモンに呼びかけられて、俯いてきつく瞑っていた目を開けた。
 霞む視界を叱咤して視線を上にやると、薄ら笑いを浮かべたシモンがシャワーノズルを掴んでいた。
 肌を水が叩いた感触をにわかに思い出し、思わず膝を閉じようとするが、かなりの角度で開かれた足の内側にシモンの体があってどうしようもない。


「やめ、やだ……! シモン、シモ……」


 そこまでされると自分が持たないのは経験上嫌でも分かっていた。
 シモンが満足しない前に意識を失ってしまえば、目覚めた後は大抵酷いことになる。
 まだここで放置される方がましなんじゃないかと思うくらいだった。


「ぅ…ん……や」


 親指で覆いを上げられてシモンの体を挟む膝が跳ねる。
 シモンがノズルの頭を体に付け、なるべくヴィラルと距離を置くようにしてシャワーをヴィラルに向ける。


「そんなに期待するなよ」


 指を締め付けてしまったらしく、シモンが笑いながら緩々と輪郭をなぞるように指を動かす。
 しょうがないというふうに漏れる息に、どうしてか数時間後かに対する恐怖が和らいだ。
 位置の確認だったらしく、シモンはノズルを一度タイルに置いた。
 壁の浴槽との境目にある蛇口を一気に捻ると水圧の反動でノズルが暴れる。
 いつの間に切り替えをしたのか、水はシャワー状にではなく一点から勢いよく出ていた。


「――ッァああ! あ、あ、しもっ…も、ぁやっ……ひぁっ!」


 水が当てられると共に指の動きが派手になる。
 根元のもっと奥まで入ろうとする指が、最奥を揺らそうとしているのが分かった。
 水自体が熱いのか冷たいのかはもう分からない。
 与えられる全てが熱としか感じられなくなって、自分の高い声が風呂場に反響する。


「ほら、さっさとイけよ」


 耳元で囁かれた瞬間、意識が爆ぜた。
 最後に嬌声を上げたのかもすら分からずに、ただ突き上げられるような感覚に身を任せる。
 持ち上げられた体はすぐに貧血のときのようにすっと落ちた。
 抗わなければ、と思うのだけれど、思うだけで止められそうにない。
 そもそも、どうして抗うのかも一瞬分からない。

 ああ、そうだ。シモンがいるからだ。

 意識が途切れるより先に、体がいうことを聞かなくなってシモンの方に倒れた。
 予想に反してヴィラルの体はシモンに振り払われることなく止まって、途端にヴィラルの喉からしゃくりが上がった。
 元々酷いだろう顔にまたぽろぽろと涙が流れる。


「……なんだよ今更」


 まるで涙から何かを読み取ったような口調で呻いてから、シモンが顔を上げさせて舌で目尻を拭った。
 多分自分が泣いている理由はシモンが思うそれではないのだ。
 だって本人にも皆目検討が付かない。

 もう反対側に口付けられてから涙を吸われて、その甘さにまた滴の気配を感じた。
 きっと今告げなければ自分の涙はシモンの思うままのものになってしまうと分かりながらも、ずるずるとヴィラルの意識は闇に落ち込んでいってしまう。

 ただ、この涙がシモンの気の負うところではないとただ伝えることもできずに。