アバン艦長とペットのヴィラ子さんのお話です。
捕獲後の躾途中で時期的には調教途中段階でもう艦長に色々されることについては嫌悪感はないけれど、殴られたりアブノーマルなことをされたりするのは嫌だと思ってる位の感じで。
本来なら最終的に立派なペットになるわけですが、この子はそういう演技をする子になります。
「わざと演技してたら素敵じゃありませんか?」そういうナイスな発言を読んでできました。
何だか説明が大人向けになってしまったので、一応年齢制限ページに入れました。
というか、こいつらの存在自体が18禁ですよね!
本編はエロくないです。鎖とかいいますが。









その壁の何と冷たいことか



 シモンが帰ってこない。

 宇宙であろうと時間という概念は存在するので、この船にも時計がかかっている。
 もちろん一日中真っ暗だろうが明るかろうが、時計が2周すれば日付が変わる。
 時計はもう午前2時を指していて、いつもならとっくにシモンが帰ってきている頃合いだ。
 部屋が主の不在のまま日付を跨ぐのはともかく、こんな時間まで帰ってこないというのは珍しい。

 いい加減重たくなってきた瞼を瞬かせ、大きく伸びをすると鎖が音を立てて滑り落ちた。
 どうせ寝ていてもシモンが帰ってくれば乱暴に起こされるだろうが、無駄に蹴られるのも癪だった。
 けれど、こんな時間まで帰ってこないのならば徹夜の可能性も捨て難い。
 いくら彼が半ば恐怖政治を敷いているような状況でも、艦長という身分は多忙なのだ。

 2時半まで待ってもシモンは帰ってこなかったので、毛布を引き寄せて眠ってしまった。


「――ん、シモン……?」


 不意に目覚めるとシモンがヴィラルの首から伸びる鎖を弄っていた。
 目だけを動かして見た時計はまだ3時を指していて、半端な睡眠のせいか状況に頭がついていかない。

 鎖を辿って首輪に行き着いたシモンの指が鍵を使って鎖を外す音が小さく響いた。


「酒くさ!」


 シモンが鎖を外す際に近寄ってきたせいか、急にアルコールを飲んだ後の匂いが鼻先に止まった。
 仕事をしているんだろうとか考えていた自分が馬鹿だった。


「喧しい」


 吐き捨てるようにシモンが言ったので、拳の一つでも飛んでくるだろうと身構えたのに何も起こらなかった。
 閉じていた瞼を恐る恐る上げると同時に自分を痛め付けるはずの手がヴィラルの背に回り、ふわりと体が浮き上がる。
 いつもならベッドに放り投げられるのが常なのだが、今日は丁寧にシーツに寝かされた。
 都合のいい夢か何かではないかとこっそり口内を噛んでみたらちゃんと痛みがあったので、多分夢ではないはずだ。
 アルコールが変な利き方をして、シモンの思考回路がおかしくなってしまったのだろうか。

 それは自分にとっていいことなのかとヴィラルが考えている間に、耳の横にシモンの肘から下がシーツに沈む。
 耳の輪郭を親指でなぞられて目を細めると、シモンの前髪が頬を擽った。

 柔らかな感触が唇に触れて、思わず己の五感を疑った。
 瞬きをしている内にシモンが一度重ねた唇を離して、顔を傾けて再度口づける。


「……んぅ…ん……ふ」


 大抵はヴィラルが前後不覚になってから冗談抜きに噛み付かれるのが関の山で、手初めにこんなふうに舌を絡ませられるのは初めてだった。
 血の味のしない口づけに応えて舌を絡ませれば、軽く甘噛みされて背筋が震えた。

 ちゅ、といつもなら考えられないような音と共に唇が解放されて、真意が全く読めないままヴィラルはシモンを見上げた。


「……ヴィラル」


 シモンが珍しくヴィラルの名を囁いてからもごもごと口が動いたけれど、シモンはその唇を硬く引き絞った。
 ヴィラルが言及する前にそのままヴィラルの肩口に顔を埋めて、ぶっきらぼうに寝ると言い放つ。


「え、あ、シモン?」


「寝ると言ってるだろう」


 ああ、今日はそういう放置プレイの類いなのかと納得しかけた矢先に、無理やりシーツの間に手を差し入れられて強く抱きとめられた。
 アルコールで熱せられたシモンの体はちょうど子供の体温に似ていて、毛布のないベッドでは酷く心地よい。
 そろそろとシモンの体を抱き返すとシモンが小さく囁くのが聞こえた。

 先程口籠もったのはこの言葉だったのだろうか。
 自分からこんな立場になったのに、と哀れに思ってから原因がヴィラル自身にあるのではなかろうかと思い至った。
 ヴィラルは初めてシモンの大切な人を奪った一人だった。
 ヴィラルの場合のように誰の手も差し出されぬまま、彼は本当の意味で立ち直ることなくここまできてしまったのかもしれない。
 信じるものを失った暗闇の中、誰もシモンの側にいてくれなかったのだとしたら。


「……分かった。お前が満足するまでずっと側にいるから」


 人はいつでもたった一人だ。
 立ち直るのも誰に言われようが、自分が納得しなけばどうしようもない。
 それでも人の温もりが最後の一人だけの戦いの力になってくれるのを痛いくらいに知っていた。

 どれだけ力になってやれるか分からない。
 そもそもシモンをこんな状況に突き落とした者が力になれるのかも分からない。
 けれど、今一番側にいるのだから。


「お前の言う通り私はここにいる。だから、シモン……」


 続ける言葉が見つからずにヴィラルはシモンの頭に頬を寄せた。
 合わせて強くなるシモンの手の力に目許に涙の気配を感じる。



 私のせいだ。この涙も何もかも、私の。



 七年間は、長い。
 ヴィラルが癒すために使った七年を、シモンはひたすらに苦しみ続けたのだ。
 その孤独をわずかでも埋めてやれるのなら、どんな仕打ちを受けても構わない。
 ヴィラルは背中にまわる一本一本の指が縋るように背を掴むのを感じたとき、そう思わずにいられなかった。