夜明け前



 毛布がはだけて寒かったのか、ふと目を覚ました。
 重たい瞼を上げてベッドの脇にある時計を見ても、起きるにはまだ早すぎるくらいだ。
 毛布を再び布団を被って寝直そうと暖かな塊に手を伸ばそうとして始めて一人だと気がついた。
 たしかにここにシモンがいたはずなのにと目を瞬くと、急に臓腑が冷え込んだ。
 走った後のような息苦しさを感じ、無理やり吐き出した息は泣き出す前のように熱かった。

 幾度となく呼吸を繰り返して、落ち着いた気がする。
 夢だったに違いない。
 残業帰りの玄関前にどこぞの猫よろしくシモンが座っていて、家に招き入れた途端に抱きすくめられるなんて都合の良い夢をみたのだ。
 ふらりとやってきては不定期に留まって、最終的にはどこかへ行ってしまう彼に会いたいが故にあんな夢をみてしまうだなんて。

 鼻先に過った涙の気配を頭を振って追い払って眠ろうとするが、あると思い込んでいた体温がないからかやけに肌寒く感じて毛布を肩にかけて立ち上がった。
 寝室を出て、台所の冷蔵庫の横に座り込む。冷蔵庫はほんのりと暖かく、寄りかかって触れた場所から熱が移ってくるのが分かった。
 暖かさに誘われて浮かんでしまった涙を手の甲で拭って、明るく灯る電灯の下で冷蔵庫が振動音を立て始めたのを聞きながらヴィラルはゆっくりと瞼を下ろした。









 トイレから出ると寝室への扉が開いたままだった。
 寝起きだったとはいえ、彼女を起こすのは忍びないのでせめて閉めて行ったつもりだったのだけれど思い違いだったのかもしれない。
 先に水を飲みに行って電気を点けたままの台所はひとまず後回しにして寝室の様子を窺うと、ベッドにいるはずのヴィラルがいなかった。
 ついでに毛布までない。目が覚めて台所に行ったのはすぐに分かったが、毛布まで持って行くのには合点がいかない。裸で寝ていたわけでもないだろうに。
 とりあえずドアを閉めて台所に向かう途中で、ヴィラルの金の頭が目に入った。
 冷蔵庫の横に蹲ってぴったりと身を寄せる彼女の目許がほんのりと赤い。
 深夜の名残かと思ったが、どうも擦った跡らしかった。

 すうすうと寝息を立てて眠っている彼女の前にしゃがんで、暫しどうしたものかと首を捻る。
 声をかければ完全に起こしてしまうことになるし、そもそもなぜこんな所で眠っているのか全く分からない。
 先程の行為の最中に無理をさせた覚えはないし、実際服を着て眠る余裕があったくらいだ。
 へそを曲げられる理由がない。

 考え込んでいるシモンの気配を察したのか、ヴィラルの瞼がわずかに震える。
 そのまま瞬きを繰り返して、眠たそうな視線がシモンに向けられた。


「シモン……?」


「どうした、ヴィラル。こんなとこで寝ちまったら風邪引くだろ」


 心細そうな声音で呼ばれて、返事代わりに毛布のせいで少したわんだ髪をシモンが撫でてやるとにわかにヴィラルの顔が歪んだ。


「のわっ!」


 次の瞬間、ヴィラルがシモンに飛びついてきて視界がぶれ、強かに尻をフローリングに打ち付けた。
 骨まで届く鈍痛に息が止まって、目尻に涙が滲みそうになる。
 痛みの渦巻く意識の端に愛おしい人の小さな声が聞こえて、必死に焦点を彼女に合わせた。
 その小さな声は縋るようにシモン、と自分を呼んでいて、依然訳が分からないままだったが、背に回る手と同じくらいの力でシモンはヴィラルを抱き寄せた。

 痛みがようやく落ち着いてきた頃、シモンは新たな苦痛に瞑目していた。
 肩口にくっついている小さな頭とか、背中にある手などは正味可愛らしい事この上ない。
 けれど、肋骨に当たる柔らかな胸や、腰に触れる毛布の下の太股は凶悪としかいいようがなかった。

 若い頃の自分なら問答無用で押し倒して第2ラウンド突入だったろうが、悲しいかな齢を重ねたせいでそっちの方面に落ち着きが出てしまったのだ。
 だからといって何も感じていないわけではないのだが、相手の心身を気遣う余裕が欲望を押さえ付ける。
 今大丈夫だとしても、残業が云々と言っていたから今日も仕事があってもおかしくない。
 彼女の質なら多少無理しても仕事に行こうとするだろうし、それくらいで倒れる体力ではないのは分かっているのだが。

 うんうん考えていると、もそりとヴィラルが動く気配がして閉じていた瞼を上げた。
 ついでにヴィラルの頭が埋められた方を向いた瞬間、唇が柔らかな感触で覆われた。
 いつもは頼んでもなかなかしてくれない行動に血が沸き立って、その事実に肝が冷える。


「――っ、おい、さっきから何なんだ」


 突然のことに慌てたシモンに肩を押されたヴィラルはさして抵抗もせずシモンから顔を離し、少しの沈黙の後におずおずと口を開いた。


「……夢だと思ったから」


 シモンから逸らした上、視線がふらふらと下の方をさまよう。
 先程の声と同じ気配を宿した瞳が揺れる度に、シモンを見ようとして失敗しているのが分かった。


「何がだ?」


 問いかけるとすぐにヴィラルの頬に朱が走った。
 シモンの服を強く掴んで、ヴィラルがきつく目を閉じる。


「お前が来たのが、夢だと思った」


 目が覚めたらいなかったから、と付け加えてヴィラルがやっとシモンを見る。
 堪え切れなかった涙を拭ったらしい目許が赤く、その上の瞳は新たな涙と自分の発言からの羞恥に濡れていた。

 生まれ持った気丈さと身につけたプライドで、きっと彼女はずっと我慢してきていたのだろう。
 会いたいとか寂しいとか言わない彼女に自分はずっと甘えてきたのだ。
 一体、幾夜傷つけてしまったのだろうか。


「そんなえろい夢みたって思ったってことは、もしかして欲求不満か?」


 茶化して言えば、思いもよらなかったらしく元々赤かったヴィラルの顔が余計に上気する。
 丸くなった目が鋭く変わる前に掬い上げるようにしてシモンはヴィラルを抱きとめた。


「なかなか会いに来れなくて悪かった。ずっと我慢して偉かったな」


 顔の横にきたヴィラルの頬に頬を付けて、両手で背中と頭を撫でてやる。
 彼女の表情こそ見れなかったが、耳元に熱く籠もった吐息が掠めた。


「部屋帰るか」


 必死に泣いてしまうのを堪えようとしているようだったので、ほんの少しではあるが助け舟を出してやる。
 こくりと頷いたヴィラルを抱き上げて立とうとしたら、不運にも隠していた欲望に彼女の足が軽く触れてしまった。
 思わぬ外界からの刺激に手が止まり、察したらしいヴィラルが目を丸くしてから人の悪い笑みを浮かべる。


「お前も我慢してたんだな」


「……うるせえ」


 少々他とは毛色が違っても結局はヴィラルもあらゆる意味で女性だと、さっきまでは寂しがって泣きそうだった彼女をじと目で睨んだ。











 ヴィラルをベッドに寝かせてから覆いかぶさって、ふと台所での逡巡を思い出した。
 さすがに手を出し始めれば中断できる気がしないので、気が進まないながらも問いかける。


「明日、いや今日か。仕事大丈夫か?」


「休みだ。そうでもない限り、あんな時間まで残業すると周りが煩いからな」


 休みも別になくてもいいのに、とのヴィラルの言葉に頭を抱える同僚の姿が目に浮かぶ。
 自分以外にもたくさん彼女を愛してくれる人がいると分かるのは嬉しいが、当然中には男もいるわけで。
 そう思うとそろそろその辺の機微が少しでも分かってくれないと正直困る。


「お前どっかで押し倒されてたりしないだろうな」


「……どういう流れでそういう話になるんだ」


 結構真剣に聞くと、呆れたような眼差しを向けられた。
 一応暴走する輩はいないようだと安心するが、夜のお供くらいにはされていそうだ。
 コラージュとかが出回っていたりしたらどうしてくれよう。
 まあ、常にそばにいない奴が堂々と言えることではないのだけれど。

 ごまかすように口付けて唇を舐めれば、素直に口元が緩められる。
 歯の鋭利さをなぞって確認しながら耳に指を沿わせると、ヴィラルが小さく喉を鳴らした。
 歯茎や硬口蓋をこそばしてから、柔らかな舌を絡めて吸い上げる。
 一通り楽しみきって口を離すと粘度を増した唾液が糸を引いて、ヴィラルの頬に落ちた。
 一度空気に晒されて冷えた液体にヴィラルが少しぼやけた瞳を欠けさせる。
 人差し指で濡れた頬を拭って、シモンが指をヴィラルの唇に乗せた。
 シモンの意図を探るつもりかヴィラルがシモンの目を覗き込んだ後、唇を押さえる指を咥えてゆっくりと舌を這わせる。

 何というか、舌の柔らかさと視線がかなりくるものがある。


「ヴィラル、さっきはシャワーだけだったな」


 指が口内にあるままだったので、ヴィラルが目線と顎だけで肯定する。


「じゃあ、まだ残ってるだろうしこのままやるか」


「ちょ、ちょっと待て!」


 指を引き抜いてヴィラルのズボンに手をかけると、慌てた声が降ってくる。
 構わず腰を抱き上げて下着ごと脱がしてしまって膝を割ろうとするが、正気のままのヴィラルは必死に力を込めてそれを許さなかった。


「今更恥ずかしがるような仲でもねえだろ?」


「だからといって雰囲気とか流れを無視するな!」


 たしかにこんなにはっきりした意識のままそこを触ることはしたことはないし、ヴィラルも嫌う行為だろうとは分かる。
 けれど、無性に恥ずかしがる彼女を手玉にとれる機会を逃すわけにはいかない。


「俺だってさっきからずっと我慢してるんだぜ?」


 耳元で囁いて内股を撫で上げると、小さく肩が揺れた。
 彼女の言い分によると、つまりは雰囲気さえ作ってしまえばいいのだ。
 太股から腰に掌を滑らせ、耳に舌を這わせれば簡単に息を飲んでしまう。  手をシャツの下に潜りアンダーバストのラインを指でなぞり、濡れた耳に息を吹き込んだ。


「上、シャツだけだったんだな」


 シャツの下から生地を摘まんで引っ張れば、二つの頂点が自己主張するのが見て取れてヴィラルの目許が朱に染まる。
 シャツから手を放して、再び膝に手をかけると今度は簡単に足が離れた。


「そんなに簡単に許しちまっていいのか?」


 心中でガッツポーズをしながら足と足の間に体を割り込ませて、自分でも意地が悪いと思う質問をする。


「……無駄口叩くな」


 顔ごと明後日の方向を向いた上、目まで閉じてしまったのでこっちも好き勝手させてもらうことにした。
 先程ヴィラルが舐めていた指を自分で湿らせて、どこにも触らずに中心に埋める。
 にわかに内股の筋が痙攣して、ヴィラルの口元に力が籠もった。
 さすがに柔らかいままの壁をなるべく刺激しないよう注意しながら湿り具合を確認するが、事に及ぶには少し足りないような気がする。
 気がするなんて曖昧ないい方をするのは、普段は性急な行為に及ぶことが少ないせいで判断材料がほぼないからだからなのだが。


「し、シモン何を――!」


 一度指を抜いて腰を掴み引き上げて足を肩にかけさせると、ヴィラルが背けていた顔をシモンに向けて困惑の声を上げる。
 その制止にも近い声を無視してシモンは目の前にある入り口に口を付けた。


「な、やっ…く、ん……ッ」


 口内に溜めた唾液をゆっくりと落として、再び指を差し入れ唾液よりも粘度の高いそれと混ぜ合わせる。
 どうしても出し入れではなく掻き混ぜる動きになってしまうので、時折壁を引っ掻かれたヴィラルが切れ切れに声を漏らした。


「こんなもんか」


 ある程度濡らしてから指を抜いて、最後に軽くひくつく入り口に舌を這わせた。
 鼻先に香る特有の匂いを感じながら、あまり刺激しすぎない内に小さく音が立つ口づけを送り体を離す。


「こら、何やってんだ」


 服を脱いでいる間に俯せになってしまったヴィラルのつむじを押さえると、触れられた場所を押さえてヴィラルが体を捩った。
 眼鏡に慣れない間眉間が気持ち悪いのと同じ理由で、ヴィラルは一般に急所とされる場所を触れられるのを嫌う。
 野性的というか、本能に忠実というか。


「つむじは止めろと言ってるだろう」


「いや、今のはちょっとしたお仕置きだからな」


「お仕置きも何も、ジャケットも何もないんだ。この体勢しかないだろう」


 つむじを押さえていた大きな手を振ってヴィラルが言った。
 爪を切っても手そのものの力が弱まるわけでなし、ヴィラルは正常位を嫌がる。
 それでも普段は生地の厚い上着を着たりしてしているのだが、この前上着を駄目にしてそのまま買い足すのを忘れていたのだ。


「さっきは普通にしてただろ」


「さっきので傷ができてた」


 いつの間に確認したのか知らないが、起きたときに自分で確認したので傷があるのは本当だった。
 出血もあって服に血がついていたのだが、あれでも彼女としては必死に気を使ったのは分かっている。


「背中に毛布かけるってのはどうだ?」


 だからといって今回は表情を見ていたいので、そっち方面で妥協する気はなかった。
 ヴィラルが了承できないという風に見てくるので、シモンも何も言わずにヴィラルの長い虹彩を覗き込む。


「……分かった」


 根負けしたようで毛布に視線を投げてヴィラルが渋々頷いた。

 気恥ずかしいのか一度大きく深呼吸をして、ヴィラルは一気に体を反転させる。
 毛布を横にして肩から被って、ヴィラルに乗って鼻先を啄んだ。
 毛布がスタンドライトの明かりを遮光して、ヴィラルの胸より下はよく分からない。
 そういえばシャツを脱がせてなかったと考えていると、ヴィラルが口元と瞼をきつく閉めながら角度をつけて開いていた足の膝を立てた。


「――っん」


 誘われるように入り口に先を触れさせれば、喉を鳴らしてヴィラルが慌てたように背に両手を回した。


「んんっ……ぅ…あ……ん…」


 背中に乗せられる重さに従って腰を落として行く毎に、背にかかる力が大きくなった。
 時間差はあれど今晩二度目ということもあってか、熱はそれほどではないけれどかなり奥まで突いてもさほど抵抗はない。
 ただただ柔らかくゆるやかに伸縮を繰り返す内部を味わっていると、顔を首筋に埋めていたヴィラルが恐る恐るという風に視線を寄越してきた。

 彼女の理性はいまだ健在のようでいつものように涙を溜めても体を震わせてもいないけれど、普段と変わりないくらいに頬が紅潮して目許も同じ色に染まっている。
 視線を合わせれば弾けるように視線を逸らし、再び背を強く掴んで額をシモンの鎖骨に擦り付けた。


「欲しいなら素直に言えば良いのになあ」


 金の髪を梳いてやりながら耳元で囁いてやれば、肩と共に壁がひくりと戦慄いた。


「っあ! んっ……ゃ…シモッ、やっ…」


 動き出した途端に、ヴィラルが身を捩って嫌がった。
 唇から漏れ出す声色は間違いなく艶やかではあったけれど、無視できないくらいに困惑が交じっている。


「どうした?」


 大体理由は分かってはいるが、一応は問いかける。


「……体が変だ」


 ヴィラルがまるで生娘のような発言をしたせいで、堪えられずに吹き出してしまった。
 当人は本気で言っていたらしく、笑われたのに驚いて人よりも細い虹彩を揺らす。


「本当に変なんだ! いつもと違う感じがして……」


 うまく表現できないのか言い淀むヴィラルの額に口づけて、シモンはヴィラルに視線を向けさせた。


「今日はいつもと勝手が違うからな。いつもならこんな風に喋れねえだろ?」


 額を掠める唇の感触にヴィラルが軽く目を細めて小さく頷く。
 瞼に唇を落としてから、シモンは体勢を立て直した。


「心配しなくても、すぐにいつも通りにしてやるよ」


「え、ああ! ……んっ…く、んっ」


 自分の声質が急に変わったのがシモンにも分かったのだから、ヴィラルにとっては相当の変化だっただろう。
 状況の変化に付いていけずに少々間抜けな声を漏らした後、体を揺すぶられてヴィラルは一際大きな嬌声を上げた。
 それでもそれ以上甲高く鳴くのを理性が好しとしないらしく、歯を食いしばってくぐもった声に抑える。

 すでに肉体は理性とは反対に快楽を貪ろうと動き始めて、熱を孕んできた内部がしっかりとシモンを締め付け始めていた。
 相乗効果でヴィラルに快感が与えられているのは火を見るよりも明らかだったが、必死に荒れるのを堪えようとするのがシモンの加虐心のようなものをかきたてる。
 シモンの仄暗い欲求に気づかないヴィラルは涙で曇り始めた視線で毛布を捉えた。


「こら」


「ひっ…っぁああ!」


 声を抑えるために引っ張って目の前に垂らした毛布を噛もうとヴィラルが口を開いた瞬間、シモンは彼女が弱い一点を容赦なく突き上げた。
 身も世もない悲鳴を上げたのと同時に彼女の背が曲線を描き、背中に立つ爪の感触が毛布越しに伝わってくる。


「ゃ…あ…ぅんっ……シモンっ、だめ…ぁ、あ……っ!」


 シーツと背の間にできた隙間に手を差し入れてシャツ越しに背筋をなぞって、一度突いた場所を強弱を付けて何度も刺激する。
 その度にヴィラルは切れ切れに声を震わせて、言葉とは反対に両足が更なる愛撫を乞うようにシモンの足を摩った。


「ふ…ゃ、んっ……」


 ぴったりとくっついてくるヴィラルの胸元に顔を突っ込んで間をあけさせて、シャツの下で張り詰める頂点をシャツごと口に含む。
 背から手を離してもう片方もシャツと摩擦が増えるように弄ってやると、熱い吐息がシモンの耳元を掠めた。


「……ヴィラル」


 籠もった溜め息に誘われて名を呼ぶと、ヴィラルが喉を震わせずに小さく答えた。
 シモン、と再び紡ごうとする口を塞いだだけで震える肩に愛おしさを感じずにはいられなかった。


「は……んぅ…ンン……ぅ」


 舌を絡ませながら奥を緩く突くたびにヴィラルはくぐもった声を上げて、瞼を弛ませては怯えたようにきゅっと力を込めた。
 うまく息ができないように曖昧な口づけを繰り返せばその瞼もゆるゆると持ち上がって、薄く開いた瞼の奥の瞳がわずかな光を反射して金色に瞬いた。
 突き上げる力を徐々に緩めてやると、物足りないのかヴィラルが腰を揺らしてねだる。


「っあん! あ、う……しも…ん、も…」


 無意識だろうおねだりに答えてシモンが唇を離して一際強く突き上げれば、甘えきった嬌声を上げてシモンに縋り付いてくる。
 見上げてくる赤いヴィラルの頬にはすでに幾筋か涙の筋ができていて、始めの大人しさが信じられないくらいに熱くなった内部が荒い呼吸に合わせてシモンを締め付けていた。


「達きたいか?」


 一言を理解するまでに少し間があってから、ぼうっとしていた瞳の焦点が元に戻る。
 表情にも普段の様子が戻って、ついでに先程までの言動のせいか顔の火照りの質が変わった。


「やっ!? んっ…ひぅ……っ!」


 ジレンマに陥って黙り込んでしまったヴィラルを追い詰めようとなるべく彼女の弱い場所をゆるゆると刺激すると、虚を突かれてヴィラルが引き絞るような悲鳴を上げて頭を振った。
 堪えられずに閉じられた瞳からは新たに涙の筋ができて、シモンが舐め上げるとヴィラルの体がぶるりと震える。


「……このままでいいのか?」


「ぁあっ……やぁ…いや、だ……」


 責め続けながらヴィラルに尋ねた声は自分でも驚くほどに上ずっていたが、彼女にも揚げ足を取る余裕はどこにもないようだった。
 毛布がシモンの背中にかかってるという安心感からか力の加減ができないらしく、爪が真っ白になっているだろう強さでシモンの背にしがみついて、シモンの下半身を引き寄せようと両足がもがく。


「あ…も、いきたい……!」


「よし、良い子だ」


 耳元で褒めてやって、シモンは一度ぎりぎりまで体を離すとヴィラルの腰を掴んで引き寄せながら最奥まで押し込んだ。


「っぁあああ! ひんっ…ゃあ……んくっ…んんんっ!」


 達きたいと言いながらも実際快楽を与えられれば逃げようとする体を押さえ付けてシモンはヴィラルの耳に噛み付いた。
 耳元で響く涙がが交ざりそうな甘い声が心地よく響いて、シモンの腰に溜まる熱の限界が近いと警鐘を鳴らす。


「シモっ……も、っ……んゃっ…いっ……!」


 ヴィラルが頭を振ってシモンの唇から逃れようとするのをシモンが片手で止めさせると、せめともという風に踵がベッドを蹴った。
 触れる顔もシャツの下の胸も強く絡み付いて締め付ける内壁も、ヴィラルである全てがどうしようもないほどに熱い。
 彼女もまた自分と同じように茫然とした思考の中でそう思っているのだろうか。
 もしそうならば、これほど嬉しいことはないのに。


「……イっちまえ、ヴィラル」


 濡れたヴィラルの耳元で低く囁きながら、シモンはもう一度抜けそうになるまで自身を引き抜いて抵抗のある内壁を押し開いた。


「ひっ…ぃ、ぁあぁああああっ!」


 引きつった悲鳴を上げて達するヴィラルのこめかみに口付けて、痙攣する内部に逆らわずにシモンは自分の高まりを放つ。
 限界まで高められた肉体に新たな刺激が与えられて、ヴィラルの体が何度も跳ねるのをシモンは触れる肌越しに感じながら目を閉じた。





 酩酊感はいまだ残るものの、ヴィラルの体の大部分は虚脱感と疲労に支配されていた。
 自然と浅くなってしまう呼吸を努めて深くして、肩口に顔を埋めているシモンの呼吸を聞く。
 普段よりも荒い呼吸の中に交じる満ち足りた色を聞くと急に後頭部に甘い眠気が襲ってきて、欠伸をしてごまかした。
 まだもう少しだけこうしていたい。


「――んんっ」


 前触れもなく突如襲った甘い痺れにヴィラルは思わず眉を顰める。
 続いて内側から零れ出すとろりとした刺激に肌が粟立つのを感じて、肩が震えるのを抑えきれなかった。
 ヴィラルの中から離れたシモンに粟立つ肌を撫でられて、治まりきらない体が小さく跳ねた。
 これ以上反応をしてしまってシモンを煽るのはごめんだったので、ヴィラルは目を閉じて思考を巡らせる。

 よくよく考えると今回のシモンはどうも酷かったような気がする。
 あの流れで仲良く眠るのが無理なのは道理だが、もう少し普通に扱うべきではなかろうか。
 特殊なシチュエーションだった上、あんなことまで言わされるのは理不尽以外の何物でもない。


「なあヴィラル」


 首の下に手を入れられたので体をシモンの方に傾けると、そのまま熱の冷め切らない腕がヴィラルを抱き締めた。


「……なんだ?」


 不満があったというのに声の質が不機嫌になりきらないのは、きっとシモンの腕が酷く心地良いからに違いない。


「次の出航っていつなんだ?」


「一カ月、いや、もっと先だったと思うが」


 程良い熱に解けがちな思考で記憶を辿って答えると、シモンがふうんと呟いてクローゼットの方に目をやった。


「……あれだけじゃ足りねえなあ」


 いい加減落ち着いていた呼吸がシモンの独白めいた言葉のせいで詰まってしまった。
 あれほど気持ち良かった体温も急に感じられなくなって、鼓膜に響いたシモンの声を脳が何度も何度も繰り返す。
 シモンの腕に巻き込まれて折れていた耳たぶから心音が骨にがさがさと響いていた。


「ベッドも毎日じゃちょっと狭いだろうな」


 熱くなる瞼を瞬きでごまかしてシモンを見上げると、シモンがセミダブルのベッドを叩いて口角を軽く上げた。
 その意味を思うと息が震えて、きっと声を出せば情けないものになるに違いなかった。
 いつもならはっきり物事を言うくせに、こういうときに限ってどうしてもったいぶるのか。


「……はっきり言えばどうだ!」


 思い切って言った言葉はやはり震えている上に掠れていて、自分の声に誘われてしゃくりを上げそうになるのをヴィラルは必死に飲み込んだ。
 後もう少しだけ、シモンがそれを口にするまでは堪えなければならないように思えてならなかった。

 シモンが笑みを深めて自由な方の手でヴィラルの頬を撫ぜた。掌全体を使って頬を包み込まれると、鼻の奥につんと涙の気配が巻き起こる。
 とてつもない予感の中でシモンがゆっくりと口を開いた。


「ヴィラル、俺と一緒に暮らしてくれるか?」


 何度夢見たか分からないその言葉はどんな夢よりも甘美にヴィラルを打った。
 もういいのだと思うと返事をしようにも、涙が後から後から湧いてきて声にならずに頷くことしかできない。
 頷いた頭ごとシモンに抱き締められると、喉から堪えていた泣き声が漏れ出した。

 待っていてくれてありがとう、とシモンが口にするのが自分の泣き声に紛れて聞こえてくる。
 涙に浮かされて纏まらない思考でヴィラルは謝らないのも彼らしい、と酷く優しい気持ちになった。