女性として性を受けたこと、生まれてこの方たった一つだけ悔やんできたことだ。
 他の者達と比べて何かが劣っていると思ったことはないが、時折隔てられている感は否めなかった。
 仕方がないこととはいえ、こういうときは痛感せざるを得ない。
 いや、今回は隔てられているとかそういうことではないだろうが。


 溜め息を吐くと、真下で縄の軋む耳障りな音がした。
 縄といっても化繊のような可愛らしい物ではなく、鉄線か何かで編まれているようだった。
 それが床に溶接したらしい半円状の金属と繋げてある。
 まじまじと縄の構造を観察できるのは自分が俯せの状態にあったからで、座ることくらいしかできなかった。


 口惜しいことこの上ない。
 完璧な不意打ちだった。
 そのため禄に応戦もできずに意識を失ったあげく、この様だ。
 さっさと殺してしまえば良いのにと思う反面、自分もそうはしないだろうとも思った。
 敵から少しでも情報を奪っておきたいと考えるのは当然で、特に立場の弱い者からすれば万金にも値するだろう。


 突然入り口の方から音がして、拘束を見下ろしていた顔を上げた。
 ほどなく姿を現した男を睨みつけると、男は小さく笑った。


「猿轡忘れてたからな。死んでるかと思ったぜ」


 舌でも噛んで死んでしまえということらしい。  自害の方法も知らないのか、と男をせせら笑う。


「そんな方法で死ねると思っているのか、愚か者が」


「まあ、そんなことはどうでもいいんだよ」


 興味が無さそうに男は言い放つと、入ってきた戸に鍵を掛け直した。
 入り口の反対側にある格子付きの小さな窓も閉めてしまうと、さて、と呟いた。


「俺は修行僧でもなんでもないからな」


 背後に近づく足音が聞こえたときから体に力を込めていたから、背筋に指を這わされても反応せずにすんだ。


「ヨーコ、って言っても分かんねえか」


「敵陣の要員くらい把握しないでどうする」


 苦々しく言いながら、戦闘には不向きとしかいいようがない格好をした赤毛を思い出す。
 もちろん、背後の男も同等だとは常々思わずにはいられないのだが。


「あれで14なんだぜ? 犯罪だよなー」


「はあ? 何の冗談だ」


「いやいや」


 素っ頓狂な声を上げると、男は冗談だったら良かったんだがな、と続けた。


「いくら体ができあがってるとはいえ、手でも出してややこしくなるのもなんだろ」


 背から離れていた指先が肩口に触れて、肩の輪郭をなぞった。
 そのまま顎を掌で覆われて、唇に指先の感触を感じる。
 忌忌しいとしか思えなくて歯を食いしばる。
 なぜ自分は女として生きているのか。


「……何一つ貴様に話すことはない。さっさと殺せ」


「そんなこと言わずに慰めてくれよ、ヴィラル」


 急に背に体を密着したかと思えば、肩に顎を添わせて耳元で低く囁かれた。


「断る!」


 耳に暖かさを感じた瞬間に思わず叫んでいた。
 次に背が泡立って、急に危機感を覚える。
 もはや何もかもが遅すぎて、覚えるだけ無駄だろう感情だというのに。
 それでも理性よりも感情が先立って、突然大口を開けたせいで口内に入り込んでいた指に噛み付こうとした自分がいた。
 しかし、向こうもそれくらいは承知していたらしく、本格的に噛むことはできず僅かな生臭みが舌に残る。


「おいこら、痛えだろうが」


 軽い舌打ちが聞こえたと同時に先程噛んだ指が頬に触れる。
 自分の唾液と滲んだ血液が頬に付いて冷気を感じた。


「自業自とっ……!」


 全てを言い切る前に言葉を詰まらせたのは、脇腹と両腕の間に腕を差し入れられたからだった。
 己の愚かさに目眩がしそうだった。
 せめて体と腕を付けておけば、少しでも抵抗ができただろうに。 


「結構やる気だったりするか?」


「後で殺してやるから覚悟しておけ……!」


 揶揄する言葉に嫌悪感をあわらにして吐き捨てると、笑い声が聞こえた。
 どうやら上機嫌らしい。
 吐息にその余韻を残しながらの唇が耳を銜えて、鎖骨の下辺りまで下げられていた上着のジッパーが下げられた。
 人の意識がない内に色々と手を加えていたらしい。
 そんなことを考えていると、耳に舌が差し入れられ思わず肩が跳ねる。
 ジッパーを完全に下ろしきると両端を背面にやられた。


「何を……?」


「いいから頭下げろよ」


 言うやいなや頭を押さえ付けられ舌を噛みそうになる。
 押さえ付けられる力に抵抗して顔を上げようとすると視界が赤く染まって、思わず目を瞬かせる。
 視界が戻ると目の前に裏返った服があって、思わずなるほどと思った。
 同じようにタンクトップが脱がされるときは頭を上げて抵抗したが、多少生地が伸びるのもあってか効果は芳しくない。


 両手の拘束など何のそのという早さで上半身は下着だけになっていた。
 何なんだ、と口には出さずに思う。
 何なんだ、この男。
 女一人抱くのにわざわざ手順だとかを考えてきたのか。
 服が邪魔ならば切ってしまえばいいのに、この男はそうしない。
 後に同じ服を着れるようにしているらしかった。


 その事実に気づいて思わず身震いした。
 こんな行為を自分は知らないし、この後どんな扱いを受けるかもはや検討もつかなかった。